『死の虫』
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命と名誉をかけた医師たちの挑戦
[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)
秋田県、新潟県を中心に多くの農民を悩ませ続けてきたツツガムシ病。農作業中に草むらなどに潜むダニに咬まれて発症する。高熱を起こし全身に発疹が広がり、最悪の場合死に至る。数百人が感染し、半数近くが亡くなった年もある。病気を恐れながらも農作業を放棄するわけにはいかない農民たちは、神社や地蔵を建立し神頼みするしかなかった。
明治期には政府によって招聘されたドイツ人医師ベルツをはじめ、北里柴三郎、東大医学部教授の緒方正規ら当時最高の名医が現地に拠点を置き調査にあたった。新潟県や秋田県もこれを全面支援したが、病気の原因をつかむことはできない。以来、一〇〇年以上にわたり、多くの医師たちがこの病気を解明するために闘い続けてきた。本書は、その闘いの軌跡を描いた壮大なノンフィクションである。
『朱鷺(トキ)の遺言』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した著者の真骨頂は、ハブ毒の血清造りに心血を注いだ医師を描いたデビュー作『毒蛇』や、フィラリア症の克服を描いた『フィラリア』、多くの死者を出した日本住血吸虫症の根絶史を描いた『死の貝』など、地域住民を悩ませ続けた謎の病気に立ち向かう医師らを描いたノンフィクションだと私は信じている。その著者が二〇年余り前から取材していたテーマがツツガムシ病だった。
世界でも「謎の病気」として注目されたツツガムシ病の解明、病原体の特定に生涯をかけた医師たちの先陣争いの中には、ツツガムシ病で命を落とした者もいる。人体実験で物議をかもした医師もいる。第二次世界大戦中には連合軍の多くの兵士が命を落としたこともあり、終戦後にはアメリカの協力も得て研究は進められ、ついに特効薬が発見される。それらのエピソードを淡々と、しかしドラマチックに描く著者の筆致に脱帽しながら、一気に読了してしまうだろう。
特効薬の発見で死亡率は激減したが、同病は昭和末期から全国規模に広がり、患者数は激増している。医師たちの戦いはまだ終わらない。