『死の虫』
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死の虫 ツツガムシ病との闘い 小林照幸 著
[レビュアー] 森健(ジャーナリスト)
◆命懸けた研究者のリレー
明治期、新潟や山形、秋田の米どころでは、夏は死を恐れる季節だった。草むらである虫に刺されると、局部周囲が黒褐色に変化。やがて全身が赤い発疹に覆われ、高熱を発し、高確率で死に至る。原因はツツガムシだった。本書はこの「死の虫」の解明に取り組んできた医学者、研究者の数世代にわたる闘いを描いた年代記である。
舞台は明治、大正…と時代を下っていくが、明治の話はケダニ地蔵や「虫送り」の風習など民俗学のような趣がある。治療法がない時代、祈ることしかできない厳しい実態。だが、各地での風習から、病態、発生時季、病の分布特性の見極めにつながっていく。
一方、中央からは西洋医学を伝えたベルツや北里柴三郎らが研究の先鞭(せんべん)をつけたのち、数人の研究者が新潟や山形など現地調査へと進んでいく。病原体の特定、病気と微生物の因果関係の発見には、微生物を見出し、分離するなど一定のルール(コッホの4原則)が必要だが、ツツガムシ病研究はそんな近代医学の歩みが体現されている。
研究は東大医学部、伝染病研究所、千葉医科大といった組織がしのぎを削り、一歩一歩謎が解明されていく。病原体の分離と特定、ツツガムシの生態、亜種や新種の発見…。研究の過程では、複数の殉職も出ており、まさに命がけだったこともわかる。
この研究で興味深いのは、親子二代三代と研究者の家族間で受け継がれていたことだ。中央の研究者でも地方の医師でも、研究内容や人の輪が親から受け継がれ、深められる。その強いつながりには、この研究にかけた人たちの責任意識がうかがえる。そこにはツツガムシ病の学名命名が誰になるかなど研究者としての功績争いもあった。
著者はこれまでに数々の医科学研究のノンフィクションを記しているが、それらの作品もこの今作を進めるために必要だったと言う。百年を越える死の病との闘い。本書にはその重みがあますことなく伝えられている。
(中央公論新社・1728円)
<こばやし・てるゆき> ノンフィクション作家。著書『朱鷺(トキ)の遺言』など。
◆もう1冊
ソニア・シャー著『人類五〇万年の闘い』(夏野徹也訳・太田出版)。人類の命を奪ってきたマラリア原虫の生態と進化を解き明かす。