『忍者の歴史』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
値千金の書、山田教授の『忍者の歴史』
[レビュアー] 中島篤巳(忍術研究家、古流武術連合会会長)
選書は学術啓蒙書のはずだが本書はかつ基本書に仕上がっている。感覚的には、寝転がって読めば学術啓蒙書、座って読めば基本書と思えばよい。
第一章「戦国時代の忍び」から読後の感想全般を述べておく。
本をめくると、いきなり忍者の中枢期に入るので躍動感がある。総体的に「概説・史料引用文・史料解説文」を繰り返し、そのリズム感は読む者に抵抗感を与えない。
史料の解説は簡潔であり難い。運びに無駄がなく、ページ数の倍近い情報が押し込められている、お得な本と思ってよい。
読み下し文の占める割合が高いので一般読者には臨場感をもたらし、研究家には参考資料を提供することができるだろう。著者は史料を差別せず、まず公平な目で見つめ、忘れた頃にチョッと史料批評を入れる。見落とさないようにしたい。三級史料も丁寧に扱い、二級史料に椅子を与えてコメントし、伝承・口承は考証を避けて利用するという姿勢で臨んでいる。著者は人文学部教授。この姿勢はこれまでの忍者研究の中で稀なるものだ。
忍者関連のキイワード、またはその可能性を秘めた言葉の多くが拾われている。例えば「亀六の法」だ。これは近江の地誌『淡海温故録』にあり、『甲賀郡誌・下』が引用している文言だが、意味不明とされ、注目されてこなかった。しかしこれは「甲賀古士の心」と言える重要な文言で、伊賀者の個性を「伊賀の忍びは石になる」とたとえたことに対し、「亀六」はその「石」に匹敵する言葉である。私的な意見ゆえに説明は避けるが、私は「亀六の法」を根拠にして、「甲賀の忍者は“亀”になる」と思いながら甲賀取材をしている。
まず学問ありき、の姿勢は「単郭方形四方土塁」の項目でも見られる。これは城郭・居館跡で、中世の伊賀・甲賀郷士(忍者も含む)の居館遺跡と思ってよい。例えば天正伊賀の乱で信長軍の総攻撃で最後の砦となった柏原城などがある。構造的には大和の環濠集落や中家で有名な環濠屋敷と同系と思われ、伊賀・甲賀と都の関係からも興味深いところだ。
“山伏”が出ると文面に熱が篭る。一級史料『沙石集』で、山伏と中世悪党との関係が出てくると当時の社会的一面が浮かび上がる。
過去の価値観にとらわれないのも本書の特徴だ。例えば敢國神社背後の南宮山。この神社は伊賀者の信仰対象で昔は南宮山頂に鎮座していた。しかし南宮山頂には狼煙台跡がある。本書は、忍者の死命を制する合図を重視して烽火リレーの解説で終わる。忍者と海外の間諜との文献的な関連づけについても詳述してある。関連性の証明は推測に終わらざるを得ないが、文献紹介だけでも価値が高い。各藩の忍者分析も他書を抜いている。
第二章「兵法から忍術へ」では大陸の日本への影響を詳述し、兵法と忍術との関係を明確にした。
新しい史料が多いのも価値が高い。史料といっても、少し見れば偽物と分かるものはよいのだが古紙に薄墨を用いた精巧な贋作もあるから、何をとるかに気を遣ったはずだ。本書は伝書の信憑性を問題にしながら、第三章「忍術書の世界」へと進む。この章も巷の下策忍術教本系とは比較にならない。著者の御苦労がにじみ出ている。
第四章「江戸時代の忍び」は圧巻で人文学部教授の出番の観がする。従来、「神君伊賀越え」とされてきた言葉も「神君伊賀・甲賀越え」と厳密に表記された。伊賀では“伊賀越え”、甲賀では“甲賀越え”と言ってきたところだ。服部半蔵正成がそこで活躍した、としてTVは喜んでいるが、半蔵に関しては論争が多い。本書は史料批判も加えて、穏やかな否定的意見を“暗示”している。江戸の忍者生活や各藩の忍者も従来のものを史料で援護し、学問的アプローチで固めている。
後の世で忍者を自称した人たちについても、彼らが著し、口で言ったことを批判するような無粋はなく、人間的に受け入れている点が素晴らしい。
◇角川選書◇