『怒りの葡萄(上)』
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【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】怒りの葡萄 [著]スタインベック[訳]伏見威蕃
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
一九三〇年代、大恐慌下のアメリカ西部の農業地帯では、不況に加え、旱魃、砂嵐が襲い、農家は疲弊した。さらに非情な資本家が彼らの土地を奪った。
一九三九年に発表されたこの長編小説は、オクラホマ州の農民一家が自然の猛威と資本家の過酷に追われ、故郷を捨て、新天地カリフォルニアを目ざす苦難の物語。スタインベックは彼ら農民を取材して書き上げた。現代の出エジプト記。
豊かな筈のぶどうの実には、農民たちの怒りがこめられている。ジョード一家は祖父母、両親、子供ら総勢十三人。その多人数が六人乗りのトラックに乗って国道六十六号を約束の地へと走る。
国道には同じように土地を奪われ、西へ向かう農民の車が列をなしている。まるで現代の難民のよう。
ジョード一家の旅は困難を極める。途中、祖父母が相次いで逝く。長男が脱落する。食料不足に悩まされる。
しかもカリフォルニアに近づくにつれそこが希望の地ではないと分かってくる。農民たちは低賃金で働かされている。団結しようとすると警察が暴力を振う。
表題をはじめ、一家と行動を共にしようとする元伝道師、飢えた男に乳を与える娘、聖書の引用など、随所にキリスト教の暗示、象徴が使われている。
次男のトムは、農民の置かれた悲惨な現実に次第に義憤を覚え、団結して戦おうと決意する。社会意識に目ざめてゆく青年の成長の物語でもある。
ピューリッツァー賞受賞。四〇年にはダリル・F・ザナック製作指揮、ジョン・フォード監督によって映画化され、こちらも大評判になった。貧しい農民を描いた小説で多額な原作料を受取ることにスタインベックは悩んだという。
ヘンリイ・フォンダ演じるトムが農民のために戦おうと家族を離れる時に母親に言う「みんなが戦うとき、おれはそこ(アイル・ビー・)にいる(ゼア)。おまわりがだれかを叩きのめすとき、おれはそこにいる(アイル・ビー・ゼア)」は、映画史上の名セリフとなった。
男たちが弱気になる時にいつも励ますのは「お母(マー)」。映画ではジェイン・ダウエルが演じアカデミー賞を受賞した。