杏・主演「かくしごと」よくぞここまで原作通りに……、からのラストシーンの改変にびっくり! 「映画の続きを原作で」という珍しい関係性をみた
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はラストの改変が印象的だったこの映画だ!
■杏・主演!「かくしごと」(ハピネットファントム・スタジオ・2024)
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- 嘘
- 価格:968円(税込)
ラストぎりぎりまで、よくぞここまで原作通りに、大きな脚色をすることなく映画化したもんだなあと感心しながら見ていた。細かい違いやカットされたシーンはあるにせよ、こんなに全編通して「小説そのまま」の映画が作れるもんなんだ、と。それがあなた、ラストですよラスト。そう来たか、ここで来るのか!とのけぞったさ。
原作は北國浩二の『嘘』(PHP文芸文庫)。刊行されたのは13年前の2011年だ。絵本作家の千紗子は一人暮らしの父が認知症になったと報せを受けて、数年ぶりに実家に戻る。父との間には拭い難い確執があったのだが、父は千紗子が娘だということすら忘れているらしい。とにかく早く介護認定を取って施設に入れてしまいたい、と考える千紗子。
ところがある夜、千紗子が友人の久江と飲みに行った帰り、久江が車で子供をはねてしまう。大きなケガはなかったものの記憶を失ったらしいその少年の体には、あきらかな虐待の痕があった。千紗子は少年を守るため、親元に帰すことなく我が子として共に暮らし始める。認知症の父と記憶を失った子ども。奇妙な3世代の生活が始まった──。
というのが原作・映画に共通するあらすじだ。実は千紗子が少年を我が子として育てようとしたのにはもうひとつ彼女自身にまつわる過去があり、序盤からいろいろとほのめかされはするのだけれど、ここには書かないでおこう。
原作の読みどころはなんと言っても、この疑似家族の変化だ。千紗子によって嘘の家族史を教えられた少年は、少しずつ千紗子とその父に馴染んでいく。そして少年が父のことをおじいちゃんと慕い始め、「病気のおじいちゃん」を一生懸命助けて、世話をしようとする。その中で、千紗子の父に対する思いも少しずつ変わり始める。自然の中の暮らし、畑仕事、木彫や粘土細工に没頭する昼下がり、川のせせらぎ──そういった中で育まれる疑似家族のつながりは、多分に箱庭的ではあるけれど、穏やかな希望に満ちているのだ。
だが、それで終わるはずがない。だって千紗子のやっていることは、その動機がどうであれ、未成年者誘拐という犯罪なのだから。三人が絆を深めれば深めるほど、幸せな場面が増えれば増えるほど、読んでいるこちらの不安が増していく。どこかで破綻がくるに違いない。それはいつ、どんな形で訪れるのか。読者はじりじりするような気持ちでページをめくることになる。そしてそれは映画も同じだった。
■原作と映画、ここが違う!
ラストの改変については後述するが、それ以外はまるで原作小説をそのまま脚本にしたかのように原作通りだった。飲酒運転の経緯や少年の実母の性格など細かい違いはあったが、千紗子(杏)、父(奥田瑛二)、少年(中須翔真)の主要三人は言うに及ばず、久江(佐津川愛美)や亀田医師(酒向芳)、少年の実父(安藤政信)といった脇に至るまで、原作イメージそのものだった。
ただ、映画の尺に収めるためにカットされたエピソードはいくつかある。たとえば原作では、千紗子と父と少年が美術館に仏像展を見にいく場面がある(そして行ったことを翌日には父は忘れる)。また、久江親子と一緒に夏祭りに行く場面もある。だが、それらをカットしても三人の暮らしの様子や千紗子の変化はちゃんと伝わる構成になっていた。
だがそれらとは別にもうひとつ、カットされた場面がある。原作でもひとつの山場だったので「あれ出さないんだ」とちょっと驚いたのだ。それは千紗子が父の部屋で見つけた日記を読む場面。その日記がねえ……切ないのよ。原作のタイトルは『嘘』で映画は「かくしごと」だが、父の側にも嘘やかくしごとのあったことが、この日記でわかる展開になっているのだ。
これをカットしたのは、文字だからこそ伝わる場面だからかもしれない。その内容のみならず、認知症が進む中で書かれた日記は『アルジャーノンに花束を』を彷彿させるような筆致で、もうタマランのよ……。でもこれを映像や音声で再現させるのは難しいので、その代わりに入れられたのが原作にはない風呂場のシーンなのだろう。文字だからこその効果と、映像だからこその効果がはっきりわかる改変だった。
不思議だったのは、原作では千紗子と少年の物語が主軸だったのに対し、映画では千紗子と父の関係がより強い印象を残したことだ。原作では千紗子が嫌っている父を少年が一身に世話するのを見て次第に千紗子が変わっていくのだが、映画では父と娘の関係がもっとダイレクトに伝わってきた。これは視点の問題も大きい。千紗子視点の原作では嫌っている父より心配している少年の話が多くなるのは必然だ。それを映像で俯瞰で見るとこんなに印象が変わるのか。何より奥田瑛二さんの存在感よ!
名優・奥田瑛二を配したことで父と娘の物語になったなあ……と思いながら見ていた、その気持ちがひっくり返されたのがラストだ。
■原作で映画の「続き」を読む
いやもう驚いたね。そこまでが原作通りだったから──本当にびっくりするほど改変の少ない、徹底して原作通りに進んでいたから、そりゃ最後まで原作通りにいくと思うじゃありませんか。でもって原作では、ラスト1行で大きな「嘘」が暴かれるのよ。でもそのラスト1行ってのも文章ならではの効果だから、さああれをどう映像では見せてくれるのかなと思っていたら……。
これ以上は言わないが、もしもあなたが映画を先に見てまだ原作を読んでいないなら。読んで! ぜひ読んで! 原作では少年はあの場でああいう発言はしない。そしてその後どうなったかが描かれているのだ。しかも数年のスパンで!
映画のパンフレットに、ラストの改変について関根光才監督の言葉が載っている。曰く「映画を観た後、文章に触れる人がある種の安らぎというか、ほっとして終われる後日譚にしたいと思ったんです」──続きはwebで、ではなく、続きは小説で、なのだ。そんな映画と原作の関係、ある? これまで私はこのコラムで「映画と原作の違いを比べてみて」と書き続けてきたが、「映画の続きは原作で読んで」と書くのは初めてじゃなかろうか。
そしてまさしくその「続き」は読み応えあるぞ。そこで大活躍するのが久江なのだ。もとはといえば久江が飲酒運転で事故を起こしたことから始まっている。飲酒運転を隠したくて千紗子が警察や救急車を呼ぶのを止めた、それがすべての原因なのだ。それがなんとなくなかったことになっててモヤっている人も多いかもしれないが、大丈夫、原作の久江はそのことを忘れず、千紗子と少年のために奔走するのだから。私の中では佐津川愛美さんが懸命に走り回ってる姿が浮かんできたよ。法的にどうなったかも原作ではクリアされるので安心だ。
映画はある場面で終わっているが、その後の様子も、ぜひこの役者さんたちを思い浮かべながら読んでほしい。いや、少年だけは違うな。彼は高校生になるので、子役の中須翔真さんからは変わっているはず。そこは推しの役者さんを入れてみてもいい。どうせなら久江の息子(これがまたいいキャラなのよ!)にも好きな役者さんを当てはめて読むと楽しいぞ。その間にいろいろ苦労はあっても最終的には幸せな未来が待っているので、どうか存分に「ほっとする後日譚」を味わっていただきたい。
大矢博子
書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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