亀梨和也主演「怪物の木こり」結末が原作と違う! でもこの改変はいい! サイコパスの主人公はどう変わったのか
推しが演じるあの役は、原作ではどんなふうに描かれてる? ドラマや映画の原作小説を紹介するこのコラム、今回はサイコパスだらけのこの映画だ!
■亀梨和也・主演!「怪物の木こり」(ワーナー・ブラザーズ・2023)
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- 怪物の木こり
- 価格:748円(税込)
おお、結末が原作と違う! クライマックス直前あたりから原作にない展開が入り始めたので「おや?」と思ったのだが、そこからは決定的にいろいろ違ってきて、まったく予想だにしない結末が待っていた。原作を読んだ人も、この映画の展開は新鮮に楽しめるに違いない。しかもこの改変、いいぞ。
原作は倉井眉介の同名小説『怪物の木こり』(宝島社文庫)。弁護士の二宮彰(亀梨和也)は一見人当たりのいい青年だが、実はサイコパスでこれまでに多くの殺人に手を染めてきた。もちろん、バレて逮捕されるようなヘマはしない。二宮の正体を知っているのは、同じくサイコパスで人体実験に余念のない医者の杉谷九朗(染谷将太)だけだ。
ある日、二宮は自宅駐車場で謎の人物に襲われる。妙な覆面をつけて「お前ら怪物は死ぬべき」と言いながら斧で襲いかかるその人物から二宮はすんでのところで逃げおおせたものの頭を強打、頭蓋骨骨折の重傷を負った。必ず見つけ出して殺してやると決意する二宮。しかしその日から、なぜか二宮に少しずつ異変が起きる。
一方同じ頃、巷では人を斧で惨殺して脳を奪っていくという猟奇的な連続殺人が起きていた。「脳泥棒」と名付けられたその犯人の捜査にあたる警察は、被害者たちにある共通点を見つける。そして同じ共通点を持つ弁護士が頭部のケガで搬送されたと聞いて二宮に会いに来た。二宮を襲った「怪物の木こり」との関係は……?
という導入部は原作も映画も同じ。ここにどこまで書いていいかわからないが、サイコパスだらけの話、てのは明かしてもいいだろう。サイコパスというのはざっくりまとめると反社会的な人格を持ったパーソナリティ障害のこと。良心や罪悪感、共感力を持たず、平然と嘘をつく。サイコパスを扱ったフィクションで有名なのは映画にもなったトマス・ハリス『羊たちの沈黙』(新潮文庫)だろう。
一方、猟奇殺人を繰り返す脳泥棒はシリアルキラーだ。通常ならサイコパスがシリアルキラーになる、という物語が多い。代表的なのは殊能将之『ハサミ男』(講談社文庫)や、貴志祐介『悪の教典』(文春文庫)といったあたりか。良心を持たないがゆえに連続殺人を平気でやってしまうわけだ。ところがこの『怪物の木こり』は、サイコパスである主人公がシリアルキラーと戦う、という珍しい構造を持っている。それが第一のポイント。あんたヤラれる側ちゃうんかい。
■映画と原作、ここが違う!
細かい設定の違いは多々あった。たとえば菜々緒さん演じる戸城嵐子は映画では警視庁のプロファイラーだったが、原作では刑事。所轄刑事の乾とコンビを組んで脳泥棒を追う。原作には別にプロファイラーが存在しており、そのプロファイラーからアドバイスを貰って犯人を追う役目だったが、映画ではそれがひとつに統合された。
さらに、二宮の婚約者である荷見映美(吉岡里帆)。映画では二宮を信じる善意の人だったが、原作の彼女はなんとなく彼の本性を見抜いている。入院した二宮に映画のDVDを差し入れつつ、どうせ観ないだろうけど、などと言っている。しかしこれまで映画に心を動かされたことのない二宮が、なぜか数々の映画を楽しんでしまうという「異常」が起きるのだ(ちなみのこの映画の中に「怪物の木こり」の映画があったという展開。監督の名前が笑える)。
そして、これはけっこう大きな違いだったのだが、映画の二宮は原作にはなかった殺人をひとつ犯している(その代わり、原作の殺人がひとつなくなっている)。それが終盤の改変につながっているのだ。これが第二のポイント。
この終盤の改編については、いやあ、驚いたね。そう来たか。原作通りに進んでると思って観てると背負い投げを喰らうぞ。展開そのものは基本的には原作に沿っているのだが、その先で大きく方向転換する。原作は含みを残して終わっているのに対し、映画でははっきりとひとつの決着を示すのだ。と同時に、サイコパスだった二宮がどう変化したのかが観客に伝わるエンドになっている。
このラストはよかったなあ。実によかった。そしてこれは、「原作のその先にあるもの」かもしれないと感じた。原作では希望を持たせながらもこの先どうなるかは明言されず、それは読者に委ねられるのだが、そのひとつの答えではないだろうか。
逆に、原作のある仕掛け──テキストだからこそ可能な仕掛けは映画ではなくなっていた。ということで、映画と原作、どちらを先に観て/読んでいても、「あれっ、違うぞ? これどうなるの?」と新鮮な気持ちでもう一方を楽しめるはず。特に、小説を読んで映画は見ていないという人には、ぜひこの映画のラストを味わってほしい。
■原作は九朗と彰の青春アミーゴ?
この作品のキモは、サイコパスの二宮に訪れた変化にある。その変化を歓迎すべきものとは彼ははじめは考えなかった。元に戻りたいと思っていた。それがどんな変化なのかを隠して書いているので実に隔靴掻痒な文章になっているわけだが、ひとつだけヒントを言うならば、この「怪物の木こり」という存在には元ネタがある。超有名なアメリカの児童文学だ。原作小説のラストシーンでその作品が話題にのぼる。
そのくだりを読んだとき、なるほどそれで斧なのか、木こりなのかと腑に落ちた(遅い)。そして、あの児童文学からこういうふうに発想するのかという点にとても感心したのである。あのキャラクターは、サイコパスと言われれば確かにそうだ、と。それが何なのかはぜひ原作でお確かめいただきたい。
さて、そんなサイコパスを演じた亀ちゃん。見所はやはり変化を自覚する場面だ。自分に何が起きているのかわからず、初めての体験に戸惑う二宮。実は原作には、そういう初めての体験の場面が映画以上にいろいろ出てくる。あ、そこで揺らぐんだ、という印象的な場面がいろいろあるのだ。その場面を亀ちゃんで脳内再生しつつお読みいただきたい。映画では抑え気味の演技だった(それがナルシスティックなサイコパスっぽくて良かったのだが)が、原作はかなり乱暴な場面あり、残酷な場面あり、激しく動揺する場面あり。原作には二宮のルックスの描写がないので、亀ちゃんのクールな雰囲気を思い浮かべながら読むと怖さや切なさが倍増するぞ。
個人的に「うわっ、サイコパスっぽい!」と思ったのは杉谷九朗役の染谷将太さん。原作の杉谷には感情の波がなくてそれがイカニモという感じだったのだが、それを染谷さんのあの語り口調でやられるとサイコパス感200%増である。亀ちゃんのルックス、染谷さんの喋り方。このふたつを脳内に装備してぜひ原作をお読みいただきたい。
それにしても、二宮彰という役名がさあ……亀ちゃんがそう呼ばれるたびに「修二と彰」が浮かんできて、ちょっと脳が他の方向に引っ張られてしまうのは、まあ仕方ないよな? いや、亀ちゃんは修二の方だったけども。しかも原作では二宮と杉谷は高校の同級生っていう設定なんだもの。高校時代から互いの本性を知る、唯一の「友達」だったっていう設定なんだもの。ここ、実は密かな萌えポイントではないかしら。どうにも二宮と杉谷がふたりでひとつ、地元じゃ負け知らずに見えてしょうがなかったよ。このふたりがプロデュースする野ブタも見てみたい。とんでもないことになるだろうけど。
大矢博子
書評家。著書に『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。
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