南沢奈央の読書日記
2024/07/26

パリジェンヌな日本人

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク


撮影:南沢奈央

 いよいよパリオリンピックが始まる。
 現地時間26日に行われる開会式は、セーヌ川が舞台となる。競技場の外での開会式は近代五輪の歴史で初めてだそうで、船に乗っての「行進」という演出は楽しみの一つだ。
 セーヌ川は今回、トライアスロンとオープンウオータースイミングの競技会場にもなる予定だ。ただ、これまで過去101年間、水質汚染が理由で遊泳が禁止されてきた川。そこでパリ市長が自ら、ウエットスーツで泳いで水質の安全性をアピールした、というニュースを見た。それでも、実際に競技が行えるかどうかは直前までわからないのだとか。いろんな意味で、セーヌ川は注目の的になりそうである。
 
 そんなセーヌ川が一望できるオフィスでの面接で、つけていたカラーコンタクトを「似合わないわ」と指摘されたのち、ルイ・ヴィトンに入社したその人物が本書の著者・藤原淳さんである。
 ルイ・ヴィトンといえば、今回の聖火トーチとメダルをそれぞれ収納するトランクを手がけたと話題になっていた。収納、保護するだけではなく、展示も行えるように、開いた状態でもエレガントなデザインとなっている。値段をつけるとしたら、トーチトランクは3000万円、メダルトランクはなんと1億円にもなるのだそう……!
 著者はルイ・ヴィトン本社に17年間勤め、PRトップまで務めた。現在はパリに住み、コンサル活動と共に、作家活動をして現地で本の出版もされているが、初めて日本語で執筆されたというのが、パリジェンヌの「私らしい」生き方を提案する『パリジェンヌはすっぴんがお好き』だ。

 パリジェンヌ、とは。
 直訳してしまえば“パリに生まれ育った女性”だが、ここではもっと広く、感性や態度、価値観、つまり生き方のことを表す。ありのままの自分を受け入れて、さらけ出して生きていくこと。
 自分に自信がない。周りの人の評価が気になる。他人の顔色をうかがう。空気を読んでしまう――。こう並べてみると、わたしはパリジェンヌとは対照的なタイプだが、「自分らしく、ありのままでいたい」とは常々思っている。なぜなら、気を遣ってばかりで疲れるからだ。
 でも、「自分らしさ」「ありのまま」がわからない。3歳の姪っ子が「ありのままの姿見せるのよ~」と歌うたびに妙に胸に刺さる。「レリゴー」と全力で英語でも歌おうとしているところを見ていると、やはり「ありのまま」って輝いているなと思う。
「もっともパリジェンヌな日本人」と業界内外から称されるほどだったという著者だが、わたしと同様、初めはパリジェンヌとは程遠く、見られ方を気にしてばかりだったそう。先述した面接の一件もそうで、最初にルイ・ヴィトン本社に日本式で暗色のスーツで行ったらあまりにも場違いだと感じ、そのときに廊下ですれ違った、いかにも仕事ができそうな女性のルックスをそのまま真似して、さらにカラーコンタクトまでつけて、次は出向いた。だが、それを広報部長に見抜かれて、「ヘタな小細工はおやめなさい」とまで言われてしまったのだ。
 だがパリジェンヌはそれで終わらない。こう付け加えてくれたのだそうだ。「ありのままでいいのよ」。
 自分を尊重することの大切さを伝えながら、相手を受け入れる器も見せてくれる。人としてなんてかっこいいのだろうと、惚れ惚れしてしまう。
 
 休み時間、OLたちがお手洗いで化粧直ししながら噂話。いわゆる日本のオフィスドラマのワンシーンの定番だが、パリではそんな光景は見ることができない。なぜなら、みんな社内ではすっぴんだからだ。
 日本では知らず知らずのあいだに、「すっぴんは失礼」という感覚が植え付けられている。国が変われば常識も変わるものだが、パリジェンヌの「毎日顔を合わせる同僚の前で気張ってどうすんのよ」とはごもっとも。〈オフィスで女らしさを演出する必要はない〉という考え方は、女性はもちろんのこと、世の男性にも広がればいいなと思う。
 ではパリジェンヌはどういうときにメイクをするかというと、デートやイベントなど“ここぞ”というとき。このオンオフの切り替えは見事である。きっとこれは、オンかオフかは自分で決めるという姿勢だから成り立つことだ。
 人の意見よりも、自分の意思を尊重する。やはり、そこに戻ってくる。でも、「自分らしさ」同様、自分の意思がよく見えないときもある。そういうときはまず、したくないことを考えてそれをしない、というところから始めればいいのかもしれない。無理していることがあったら、それをやめてみる。手が回らないなら外注するという、パリジェンヌの育児スタイルを知ってそう思った。
 自分にとって、何が一番心地よいのか。それを見つけ、実行していけば、おのずと「自分らしさ」につながっていくのだ。
 
 パリジェンヌの爽快な生き方を例に、万国共通、自分を大切にするヒントがたくさん詰まっている一冊。そんな本書からも、フランス人向けに日本を紹介する著書を出していることからもわかるように、著者がパリジェンヌに憧れ、感化されながらも、日本人であること、その感性や価値観に誇りをもっていることが、とても素敵なのである。
 かつて「ありのままでいいのよ」と言われた著者が、今度は本を通じてそう伝えてくれた。多くの女性が奮い立たされるはずだ。

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク