『グリーン戦争――気候変動の国際政治』
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『グリーン戦争 気候変動の国際政治』上野貴弘著
[レビュアー] 小泉悠(安全保障研究者・東京大准教授)
環境巡る国家間の角逐
「幾時代かがありまして/茶色い戦争ありました」。詩人・中原中也の代表作「サーカス」の書き出しである。私は戦争を経験したことがないが、戦争とはどうやら茶色をしているらしい。
これに対して私たちが今まさに経験している環境問題は、「グリーン」の色合いで象徴される。もっといえば、「グリーン」は「茶色」の問題、すなわち戦争や軍事と対比されることが多い。それは古臭い国家間の勢力争いとは異なる、全人類的な課題として取り組まねばならないもっと差し迫った問題なのだ、という語りに私たちはしばしば遭遇する。
本書の語り口は、これと少し違う。中心的なテーマは、2015年に成立したパリ協定である。その焦点は、世界の二酸化炭素排出をどれだけ抑え、地球の気温上昇を何度までに留(とど)めることができるのかだ。まさに全人類的な課題であり、そのための取り組みには国家も人種も関係ないように思われる。
ところが、総論としてはそうであっても、各論になると別だ。経済成長も無視できないではないかという声もあれば、気候変動によって被る影響の度合いも国によって違う。気温上昇と人間の活動には関係がないとする懐疑論も根強い。こうしたバラバラな思惑が、米中対立のような地政学的問題とも結びつき、「戦争」の様相を呈しているというのが本書の描く現代世界である。考えてみれば「茶色い戦争」も「グリーン戦争」も結局は人間の作り出した問題であって、両者にはやはり通底する部分があるだろう。
この意味で、著者である上野貴弘氏の姿勢には励まされるものがあった。上野氏は電力中央研究所の上席研究員として、気候変動に関わる交渉に携わってきた人物だ。それだけに、本書の筆致は理想に流れるわけでもなく、悲観に陥ることもないドライさに貫かれている。その上で「日本はどうすべきなのか」を折々に問いながら議論を進めていくスタイルには大変好感を持った。米国大統領選の結果が気候変動問題に及ぼす影響も論じられており、時宜を得た一冊でもある。(中公新書、1265円)