小沢一郎に無視されて
同じ田中派の系譜にいる政治家でも、小沢一郎氏との相性は悪かったようだ。田中氏の命令のもと、石破氏は一時期、田中派の事務所「木曜クラブ」で働いていたことがあった。
「当時の事務局長は、あの小沢一郎氏です。
当時、田中事務所には長年事務処理を担当していた女性がいました。その方は、私にこんな話をして励ましてくださいました。
『石破さんね、田中先生はあなたを本当に小沢先生と同じように育てようと思っているんですよ。小沢先生に賭けた夢をあなたにも賭けているんですよ。
お父さんが早く亡くなられて、見所があった小沢先生を育てたのと同じようにあなたを育てようと思っているんだから、その田中先生の気持ちをあなたは忘れてはいけませんよ』
彼女の言葉は、全く違う世界に入ったばかりで心細かった私にとっては、とても温かく感じられるものでした。そして彼女の計らいで、1983年4月、私の歓迎会の名目で食事会が開かれたことがありました。場所は赤坂の焼肉店、叙々苑。木曜クラブの事務局員3名と小沢事務局長と私の計5名が出席しました。
当時すでに小沢氏は当選5回。田中角栄の秘蔵っ子として知られた存在でもありました。ひよっこの私は、この会で励ましか優しい言葉の一つでもかけてもらえるのだろうかと淡い期待を抱いていたものです。が、それは甘い期待でした。
2時間の食事会の間、小沢氏は一度も私に声を掛けてくれることはありませんでした。その時の落胆した気持ちは、今でもよく憶えています。
その後、代議士になってから私は、選挙区事情により中曾根派に所属することになったので、小沢氏との接点もありませんでした。新人議員と若手実力者ですから、立場もまったく異なります。
小沢氏と話をするようになったのは、その後随分経ってからでした。90年代に入り、党内で連日のように政治改革の議論がなされ、私も若手改革派として熱心に参加していたところ、小沢氏は『どう、元気でやってる?』という具合にフランクに声を掛けてこられたのです。当時は率直に言って嬉しかったのを憶えています」(『国難』より)。
新入りには冷たく、戦力となると近づく――その時々、利用できる者は利用する小沢氏の功利主義的な性格を暗に示しているようにも読めるエピソードと言えそうだ。
総理大臣となったことで、石破氏が会う相手はこれまでよりもバラエティに富むことになる。興味深いエピソードもさらに蓄積されるのは間違いない。いずれそれらもまた著書で披露する日が来ることだろう。
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