圧倒的な才能で周囲を魅了した天才少女が事故死…「演劇学校」を舞台に死の真相に迫ったミステリ作品 『少女マクベス』試し読み

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「この新歓公演って、前年に行われた定期公演の再演なんですよね?」
「ええ」
 百花演劇学校では年に一度、十月に定期公演が行われる。その作品を翌年四月の新入生歓迎公演で再演するのだが、年度をまたいで三年生は卒業するため、中心となる出演者やスタッフはたいていごっそり入れ替わる。
「去年の定期公演で脚本・演出を手がけたのは、設楽了ですよね」
 唐突なその言葉に、胃がぎゅっと硬くなった。藤代貴水は設楽了を知っているのか。もちろん知っていてもおかしくない。後ろや脇のほうの席で観劇していた二、三年生のあいだに落ち着かない空気が漂う。
 演劇専攻の定期公演では脚本と演出をひとりの生徒が担当し、そのひとりは全学年を対象とした脚本のコンペによって選ばれる。審査するのは、百花演劇学校で講師を務める各分野のプロたちだ。
 さやかと同じ年に入学した設楽了は、一昨年、百花演劇学校史上はじめて、一年生にしてその座を射止めた。コンペにエントリーするのはほとんど三年生というなかで、満場一致の決定だったという。異例の抜擢だったが、了が手がけた定期公演は絶賛を浴び、審査員の評価が正しかったことを彼女はみごとに証明してみせた。そして去年、二年生になった彼女は、やはり三年生を押しのけて脚本家・演出家に選ばれた。前評判は前年以上に高く、公演直前には、学校史上最高の出来ではないかとまで言われていた。
 そうなっていただろう、無事に公演が行われていれば。期待とともに上がった幕が、何ごともなく下りていれば。
 一幕と二幕の幕間に起きた事故だった。舞台の床下には「奈落」と呼ばれるスペースがある。舞台の床が上下に動く際の可動スペースであり、大道具や舞台装置の搬出入に使用されたり、俳優が移動するための通路になることもある。十二夜劇場の場合、その深さは八メートルにも及ぶ。暗くて深い、劇場の底。
 設楽了は舞台から奈落へ転落し、息を引き取った。公演はその場で中止となった。
 そんなことがなければ、この新入生歓迎公演でも彼女が演出を担当していただろう。新歓公演の演出家は、新三年生になる学年のなかから二年生の三学期末考査の成績によって選ばれる。さやかは一位を取って順当に選ばれたが、もし了がいたら勝てた自信はない。了がいなくなったから、さやかは演出の座を手に入れることができた。
「それがどうかした?」
 尋ねる校長も剣呑な顔になっている。
 貴水はまっすぐに舞台上の校長を見つめたまま、はっきりと告げた。
「さっきの、わたしがこの学校へ来た目的。わたしは、設楽了の死の真相を調べに来ました」

降田天
執筆担当の鮎川颯とプロット担当の萩野瑛による作家ユニット。少女小説作家として活躍後、2014年に「女王はかえらない」で第13回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、降田天名義でのデビュー。18年、「偽りの春」で第71回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。著書に、「偽りの春」が収録された『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』『彼女はもどらない』『すみれ屋敷の罪人』『ネメシスIV』『朝と夕の犯罪』『さんず』『事件は終わった』などがある。

双葉社
2024年10月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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