戦死した父、無知で疲れ果てた母…幼少期の「カミュ」に深く刻まれた貧困と窮乏の不条理とは?『NHK100分de名著ブックス アルベール・カミュ ペスト』試し読み
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- Book Bang編集部
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- (評論・文学研究)
貧困による生活苦のなかでカミュはなんとか進学し、彼の優れた天分に注目した小学校の担任教師のおかげで、高等中学校(リセ)(*10)の給費生となります。成績は優秀で、熱中したサッカーではゴールキーパーやセンターフォワードとして活躍しました。ところがやがて結核を発症し、以後、治癒と再発をくり返します。ちょうどその頃、リセで出会った哲学教授ジャン・グルニエ(*11)から深い思想的影響を受け、文学を志すことになります。
アルジェ大学文学部に入学したカミュは、在学中の一九三四年に二十歳で最初の妻シモーヌと結婚し、また翌年には共産党に入党します。政治に関心を注ぐと同時に劇団を創設して、俳優や演出家、劇作家としても活動を開始し、また種々雑多なアルバイトもこなしました。結婚の二年後には妻の不貞をきっかけに早くも離婚を決め、一方でガールフレンドたちとの知的で自由な共同生活をおこなうなど、青春を謳歌(おうか)してもいました。
大学卒業後の一九三七年、現地のアラブ人が組織するアルジェリア人民党(*12)を支持して、共産党と訣別しますが、演劇活動は仲間と継続。翌三八年、創作活動と並行してジャーナリストになります。創刊された日刊紙「アルジェ・レピュブリカン(共和派アルジェ)」の記者として、先輩ジャーナリストのパスカル・ピア(*13)編集長のもとで活躍しますが、第二次世界大戦の始まる三九年に当局の圧力により同紙は廃刊。姉妹紙としてカミュを編集長に据えて創刊された新聞「ソワール・レピュブリカン(共和派夕刊)」も、反戦的な論調の記事によって四〇年には発禁処分となり、カミュは当局から圧力を受け、アルジェリアでの仕事を失いパリへ渡ります。ピアの紹介で彼の勤める「パリ・ソワール」紙の割りつけの仕事を得ました。
そんななか、パリに侵攻したナチス・ドイツ軍にフランス軍は降伏。新聞社の疎開に伴ってカミュは地方を転々とし、アルジェリアから恋人フランシーヌをリヨンに呼びよせて、再婚します。そしてその頃、執筆していた戯曲『カリギュラ』(*14)、小説『異邦人』、哲学エッセー『シーシュポスの神話』(*15)という「不条理三部作」を次々に完成させました。人員整理で新聞社を解雇された彼は、翌四一年、妻の郷里であるアルジェリアのオランに移ります。
四二年六月、ついにパリのガリマール社(*16)から『異邦人』が刊行され、この小説は大きな反響を呼びました。結核が再発したカミュは、新作『ペスト』の構想を練りながら、妻とふたたびフランス本国に渡り、南フランスの高地の村で療養と執筆に努めます。妻を先にアルジェリアに帰国させ、本国に残ったカミュは、自分もアルジェリアに帰りたいと思いながらも果たせず、ピアを通じてレジスタンス(*17)の活動家と関わりはじめました。十二月には『シーシュポスの神話』も、同じガリマール社から出版されます。
四三年になるとパリでサルトル(*18)をはじめとする作家や芸術家と知りあい、彼らと交友を深めます。その年の秋にはパリに居を定め、ガリマール社の原稿審査の仕事に携わりながら、翌四四年、ピアとともに対独抵抗組織の非合法地下新聞「コンバ(闘争)」の編集・発行、記事の執筆に加わり、文筆によるレジスタンスを展開しました。やがて日刊紙となった「コンバ」の編集長になり、多忙ななかでも少しずつ『ペスト』を書き続けます。また戯曲『誤解』(*19)が上演され、スペイン出身の女優マリア・カザレス(*20)と恋仲になったのもこの頃です。
四五年の終戦を迎えても『ペスト』の執筆は終わらず、この小説が完成し、出版されたのは終戦から二年経った一九四七年でした。
戦後カミュはレジスタンスの英雄として勲章までもらいますが、彼の場合は理念のために身を捧げるヒロイックな行動というよりも、そもそも故郷に居場所がなくなってパリに行き、兄貴分だったパスカル・ピアとの人間関係からレジスタンスに加わったというのが実情のようです。自分に降りかかってきた不条理な事柄や状況を受けいれた上で、それにどう対応するかを考えた、リアリスティックで実践的な行動だといえます。そこが、サルトルのように裕福なブルジョワの家に生まれ、本を読んで勉強ばかりしていた人とは違うところで、思索の天才であるサルトルに対して、カミュには生きのびることへの天賦の才がありました。そこがとても人間くさくて、魅力的なところです。
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