「拝み屋」が村人からの依頼で呪いをかけることも…独自の呪術信仰「いざなぎ流」の超貴重な証言とは?

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高知県香美市の「拝み屋」が暮らす集落(写真はすべて『忘れられた日本史の現場を歩く』より)

「拝み屋」という言葉を聞いたことはあっても、実際にその人と知り合いだったり、直接話を聞いたことがあるという方は、そう多くないだろう。

さまざまなテーマで取材をしてきたノンフィクション作家の八木澤高明さんは、最新刊『忘れられた日本史の現場を歩く』(辰巳出版)で、実際に高知の山深い場所にいた「いざなぎ流」の拝み屋に辿り着き、その貴重な証言や祈祷の様子を紹介している。

八木澤さんが取材に成功した、日本の“裏面史”の一部を紹介しよう(以下、同書をもとに再構成)。

***

高知県の集落に残る仏教や神道、陰陽道が入り混じった信仰「いざなぎ流」


平家の落人(おちうど)伝説もある高知県の山中に、「拝み屋」または「太夫(たゆう)」と呼ばれる人々がいることを知ったのは、今から15年ほど前のことだった。彼らは、病人の祈祷や村祭りなど日常生活全般にわたって村人の生活と密接に関わっているという。かなりの長い年月の中で、村へと届いた仏教や神道、陰陽道(おんみょうどう)が入り混じった独特な信仰はいざなぎ流とも呼ばれる。

太夫が扱ってきたのは、人間の心である。病気の治療や、精神的な不安をケアするだけではなく、時には村人からの依頼で呪いをかけることもあったという。当然、そうした裏の事実は表に出てくることはない。果たして事実はいかなるものなのか、今も現役の太夫
がいるという高知県物部村(現・高知県香美市物部町)へと向かった。

高知市内から車で約1時間半、山道を走って物部村の別府地区に着いた。事情を知っていそうな地元の方に拝み屋について尋ねてみると、私にとって予想外の答えが返ってきた。

「この部落には太夫さんはいませんよ。そんだからもう何年も祭りはやってないんですよ」

以前から太夫の高齢化が進み、この集落では数年前に最後の太夫が亡くなってしまった。他の集落ではどうなのかと尋ねても、首をひねるばかりで、はっきりとしたことはわからないという。

三軒の家が斜面にへばりつく陸の孤島で得られたヒント

別府地区の中に中尾という小さな集落がある。そこにはいざなぎ流開祖の墓もあり、何らかのヒントが掴つかめるのではないかと思った。中尾集落は私が取材に訪れる1ヶ月前に林道が通ったばかりで、それまでは1時間以上山道を歩かねばたどり着けなかった。まさしく陸の孤島であり、今テレビで放送されている『ポツンと一軒家』にも出てくるような場所だった。

車一台通るのがやっとの林道を20分ほど走り、三軒の家が斜面にへばりつくように建っていた。中尾集落に着いたのだ。

集落の中には、今にも倒れそうな鳥居があり、そこにいざなぎ流の開祖を祀(まつ)る小さな祠(ほこら)があった。この集落にはひとりの太夫が暮らしていたのだが、私が訪ねる7年前に亡くなっていた。集落に暮らす60代の男性が言う。


長年にわたって人々が祈りを捧げてきた祠が残されていた

「きちんとした伝統を踏まえて儀式を取り仕切ることができる太夫さんは彼が最後だったんじゃないでしょうか。太夫さんにも得意不得意があって、祭りを取り仕切るのが得意の太夫さんもいれば、病人を治すのが得意な太夫さんもいる。この部落の太夫さんは祭りを得意としていたんです」

誰か太夫を知らないかと尋ねると、しばらく考えてから、ひとりの太夫の名前をあげた。病人を治す祈祷を得意とする太夫だという。私は直接彼の家を訪ねてみることにした。

八木澤高明(やぎさわ・たかあき)
1972年、神奈川県横浜市生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランスとして執筆活動に入る。世間が目を向けない人間を対象に国内はもとより世界各地を取材し、『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『黄金町マリア』(亜紀書房)『花電車芸人』(角川新書)『日本殺人巡礼』『青線』(集英社文庫)『裏横浜 グレーな世界とその痕跡』(ちくま新書)などがある。

辰巳出版
2024年8月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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