天才は天才をどう見ていたのか? 『百年の孤独』の作者ガルシア=マルケスを安部公房が語る 「一世紀に一人、二人というレベルの作家」
エッセイ・コラム
もうかなり昔のことですが、アメリカの出版社クノップあたりが中心になって、黒人文学を大きくクローズアップした時期がある。それと並行してユダヤ系作家にも力を入れた。そのあと、次は中南米、とクノップの編集長が言っていたのが今から十何年か前。その頃からアメリカは中南米作家に注目しはじめていた。ところで、それに先行する黒人文学とユダヤ系文学のブーム、この両者のあいだには似ているようでいて本質的な違いがあった。黒人文学のほうはブームが終ったとたんにひどく影が薄くなってしまった。ところが逆にユダヤ系の文学のほうは、いまさらユダヤ系と括弧をつけるまでもない、アメリカ文学の主流の一つになってしまったわけです。すると、アメリカでの中南米文学ブームはどっちのタイプだと考えるべきだろうか。いずれにしても動機はコマーシャリズムかもしれない、アメリカの出版社は大資本ですからね。中南米文学は黒人文学のような広がりかたをするのか、ユダヤ系文学のような広がりかたをするのか、という問題ね。僕の意見を言ってしまうと、中南米のある種の作家は、ちょうど黒入作家が評価されたような評価のされかたで終ってしまうだろう、しかし別のグループの作家はユダヤ系作家に似た立場を確保するだろう。一時のブームでは終らないということですね。とくにガルシア・マルケスは、一部のユダヤ系作家がユダヤ系という括弧をとっぱらってしまったのと同じように、中南米という括弧をとっぱらってしまえる作家じゃないかと思う。はっきり言ってジョサという人はそれほどじゃない。この違いは重要です。ちょっと極端な言い方かもしれないけど、多少極端に言わないとピンとこないだろうから。
マルケスの魅力は、まずどこどこの作家というような所属の括弧からはずれたところにあると思う。あえて所属を言うならむしろ時代でしょう。空間よりも時間、地域よりも時代に属する作家なんだ。マルケス自身は、現実のコミュニズムにはかなり批判的らしいけど、明らかに左翼的ですね。現にアメリカには入国できない状態なんです。しかしアメリカのコロンビア大学から文学関係では最初の外国人の名誉博士号を受けているマルケスの、最初の理解者はアメリカだったかもしれない。もちろんソ連や東ヨーロッパでも、マルケスのことを話題にすると、学生なんか目をかがやかせて反応する。うまく言えないけど、とにかくマルケスの文学は世界に辿り着いている。地域に対応するのが国家だとすれば、時代に対応するのは世界だ、という意味でね。こういうタイプの作家が目立ってくるのは、たとえば一九三〇年代のワイマール文化あたりからじゃないか。あの傾向はドイツ的というより、むしろ国際的というべきでしょう。亡命ユダヤ人を抜きにしては語れない。よく知られているところでは、ブレヒトであるとか……それからエリアス・カネッティも、やはりその周辺に位置づけられる。もっと輪を広げればフランツ・カフカなんかも含まれる。三人ともユダヤ人なんですね。戦後アメリカでユダヤ系作家が脚光をあびる以前から、亡命者の文化として芽をふきはじめていたのです。むろんその時代は同時にナチスの形成が進められていた時代でもあった。文化が世界性を獲得しつつあった時代に、政治はナショナリズムの形成に余念がなかったわけです。たしかに文化というものは弱いものです。いくらきばってみても、ヒットラーには手も足も出ない。だから僕も希望的観測を述べようとは思いません。しかしその亡命者の文化が第二次大戦後の文化に大きな影響を与えていることも否定できない。ワイマールだけでなくパリもそうだった。第二次大戦前、パリも亡命者の天国だった。前衛的な芸術というのはほとんどワイマールからパリへという形で受け継がれている。スペイン系の亡命者のなかには、パリ経由で中南米に向った者もかなりいる。そして中南米で、あの嵐の時代にまかれた種が受け継がれて、芽をふいたという考えかたもできるんじゃないか。たとえば映画のルイス・ブニュエルなんかその見本でしょう。スペインから亡命してアメリカへ行ったけれども、アメリカで本名を使えずペンネームでハリウッドの仕事をしていて、戦後になって突如メキシコに現れ作ったのが、あの『忘れられた人びと』という不朽の名作です。ブニュエルをメキシコの映画監督と言っていいかどうか非常に疑問ですね。スペインの監督でもない、ピカソと同じく、まさに世界の芸術家なんです。
安部公房(作家)
(1924-1993)東京生れ。東京大学医学部卒。1951(昭和26)年「壁」で芥川賞を受賞。1962年に発表した『砂の女』は読売文学賞を受賞したほか、フランスでは最優秀外国文学賞を受賞。その他、戯曲「友達」で谷崎潤一郎賞、『緑色のストッキング』で読売文学賞を受賞するなど、受賞多数。1973年より演劇集団「安部公房スタジオ」を結成、独自の演劇活動でも知られる。海外での評価も極めて高く、1992(平成4)年にはアメリカ芸術科学アカデミー名誉会員に。1993年急性心不全で急逝。2012年、読売新聞の取材により、ノーベル文学賞受賞寸前だったことが明らかにされた。
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