『中村哲 思索と行動 上・下』中村哲著

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中村哲 思索と行動

『中村哲 思索と行動』

著者
中村 哲 [著]
出版社
ペシャワール会
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784907902346
発売日
2023/06/15
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

中村哲 思索と行動

『中村哲 思索と行動』

出版社
ペシャワール会
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784907902353
発売日
2024/06/10
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『中村哲 思索と行動 上・下』中村哲著

[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)

「アジアで共生」思想の集成

 2019年12月4日、中村哲氏は凶弾に倒れた。現代の日本人が同胞であることを誇りに思える方であった。本書は彼の活動を支えてきたペシャワール会の会員に向けて書き送られた肉声を漏らすことなく収載した報告の集成で、上下巻合わせて約880頁(ページ)の大著である。それは一見、将来的に彼の活動を分析しようとする者のための誠実な事業報告の資料集であるかに見えた。しかし頁を繰り始めると、時系列で彼の活動や思想、それらの展開が手に取るように分かり、「資料集」としての価値以上に、彼の内面に近づくことを可能にするものであった。

 中村氏のパキスタン・アフガニスタンでの主な活動は、医療から水利事業へと拡大していったが、それは衛生環境や生活環境の改善こそが疫病や貧困を減少させ、ひいては紛争解決への道となるという強い信念に基づいていた。また歴史に対する洞察も深く、岩がちな山岳地帯の印象しかないこれらの地域が東西文明の交易路として栄えたこと、諸部族の特徴や彼(かれ)等(ら)の文化への冷静な観察、地域の秩序を乱し続ける列強への厳しい批判の視点が散在する。「異質なものの奥に、そのみかけの異質さを超えて普遍的なものを見出す営み」の大切さを常に考え続けた彼の思想は、初期のペシャワール会機関誌の副題にあった〈アジアと〉ではなく「〈アジアで〉共に生きる」という言葉にも体現されている。

 中村氏は一貫して、武力が人道や平和への道に貢献することなど一切ないことを訴えていた。その訃(ふ)報(ほう)に接したある政治家が弔意を示しながらも、「海外への自衛隊派遣」を口にしたことは、皮肉としか言いようがない。

 近年激しさを増す世界情勢の中で、アフガニスタンの現状に対する認識は薄れつつあるが、中村氏が遺(のこ)したペシャワール会の現地での活動は今も続いている。彼が生涯を賭して成し遂げようとしたことへの人々の関心が今後も持続することを願って已(や)まない。(ペシャワール会、各2970円)

読売新聞
2024年7月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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