『ハートの図像学 共鳴する美術、音楽、文学』須藤温子監修/木村三郎/植月惠一郎編著

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ハートの図像学

『ハートの図像学』

著者
須藤温子 [監修]/木村三郎 [編集]/植月惠一郎 [編集]
出版社
小鳥遊書房
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784867800256
発売日
2024/05/15
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ハートの図像学 共鳴する美術、音楽、文学』須藤温子監修/木村三郎/植月惠一郎編著

[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)

愛や心臓 成り立ちの系譜

 ハートはなぜ●形なのか。流布の始まりは1977年、ニューヨークのキャンペーン<I●NY>だったという。

 巷(ちまた)に氾濫するハート形の系譜はいかに? 本書は、愛や心臓の表象であるハートの形と意味を探求する図像学的アンソロジーである。

 図像学とは、イメージについて哲学思想・宗教・文学・歴史などを含めて総合的に意味内容を解明する美術史や芸術学の方法論だ。ハートの形成に関わったのは何より、古代自然哲学と医学思想である。人体解剖は古代オリエントに発してギリシアへと継承され、ローマ時代には、ガレノスが体系的な医学を確立した。因(ちな)みにミイラを作ったエジプトではとくに心臓を重視している。

 その根底には理性や情動、魂のありかという大問題があった。プラトンは霊魂三分割説を唱え、頭、心臓、横隔膜の下の肝臓が機能する腹腔(ふくこう)に分割されると説くのに対し、アリストテレスは霊魂は身体の真ん中の心臓に宿るとする。心臓はドキドキと唯一、擬音語があり、ときめくなどの感覚を覚える臓器だ。血液循環説を提唱したハーヴェイに至る医学史を軸に、西洋以外の心臓崇敬など民俗学をも射程に入れてダイナミックに心臓の表象が語られる。第一部「ハートの文化史―哲学・医学・美術・文学」、第二部「ハートの諸相」の間に挿入されたコラム的トピックがハートの形成を浮き彫りにする。

 心臓がハート形になるのはいつ? という問いに立ち戻ろう。心臓がハート形で描かれるのは14世紀以降だが、17世紀にエンブレム・ブック(寓(ぐう)意(い)図像集)と称される図像解明書が種々出版され、心臓は●として定着する。その過程には、キリストの心臓、つまり聖心信仰の隆盛と確立があった。パリで印象派たちが集ったモンマルトルの丘のサクレクール(聖心)聖堂も中心地のひとつ。キリスト教世界にあって、心臓はキリストの表象として機能してゆくのだ。

 難しい、されど●についての本論考集は、心臓のみならず魂や精神とは何かを問いかけ、読者の心を虜(とりこ)にするだろう。(小鳥遊書房、3080円)

読売新聞
2024年7月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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