『耳をすませば』
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『耳をすませば』チョ・ナムジュ著
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
賭博ゲーム 三者の思惑
日本でも大きな話題となった韓国の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者チョ・ナムジュのデビュー作。
これが面白い。
主人公となるのは三人。昔ながらの市場で商人会の総務を務めながら、何とかして市場に活気を取り戻そうと奮闘するチョン・ギソプ。昔は社会情勢をえぐる名番組のプロデューサーだったものの、今やすっかり落ち目となった番組制作会社社長のパク・サンウン。そして周囲からバカと罵(ののし)られ軽んじられているが、神がかった聴力を持つ少年キム・イル。
この三人が、三つのカップの中に隠された一つの玉を当てるスリーカップというゲーム、通称イカサマを通じて結びつく。
市場が後援となってテレビ放映することとなったイカサマ大会「ザ・チャンピオン」。出演者は任意の出演料をベットする。勝ち抜いてチャンピオンになれば、十倍の額が手に入る。
ここに一家の全財産五千万ウォン(約五五〇万円)を賭けて乗り込んだのがキム・イル一家。キム・イルに優勝されては、番組は大失敗、大赤字になってしまう。三者三様の思惑、駆け引きが入り乱れ、物語は進んでいく。
けれど、本書の白眉は最後の八〇ページ。「ザ・チャンピオン」の決勝戦が誰も予期しない形で終わり、そこからの三人を描くパートにある。この残り四分の一が本書をただのエンターテインメント小説ではなくしている。
三つのカップから最後に現れる玉は、はたして何なのか。全てを失った後に、残るものとは。
作家であるファン・ヒョンジンによる著者の小説仕立てのインタビューも読み応えがある。
最もわたしの心に残ったのは著者の「誰かがかろうじて吐き出した小さな声に耳を傾け、世の中に向かって、慎重に話しかける作家になりたい」という言葉。本書のタイトル『耳をすませば』とも深く呼応する。小山内園子訳。(筑摩書房、1870円)