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- 暇と退屈の倫理学
- 価格:990円(税込)
「暇」とは何か。人間はいつから「退屈」しているのだろうか。答えに辿り着けない人生の問いと対峙するとき、哲学は大きな助けとなる。
『暇と退屈の倫理学』(新潮文庫)著者の國分功一郎さんによると、現代を生きる私たちは金銭的にも時間的にもある程度の「暇」を得たという。しかし私たちはその暇を満喫しているわけではないそうだ。
本書のうち、『幸福論』を参考にしながら暇と退屈が現代においてどのような問題を引き起こしているかを導き出す「序章「好きなこと」とは何か?」の一部を公開する。
***
イギリスの哲学者バートランド・ラッセル[1872-1970]は、一九三〇年に『幸福論』という書物を出版し、そのなかでこんなことを述べた。いまの西欧諸国の若者たちは自分の才能を発揮する機会が得られないために不幸に陥りがちである。それに対し、東洋諸国ではそういうことはない。また共産主義革命が進行中のロシアでは、若者は世界中のどこよりも幸せであろう。なぜならそこには創造するべき新世界があるから……。
ラッセルが言っているのは簡単なことである。
二〇世紀初頭のヨーロッパでは、すでに多くのことが成し遂げられていた。これから若者たちが苦労してつくり上げねばならない新世界などもはや存在しないように思われた。したがって若者にはあまりやることがない。だから彼らは不幸である。
それに対しロシアや東洋諸国では、まだこれから新しい社会を作っていかねばならないから、若者たちが立ち上がって努力すべき課題が残されている。だからそこでは若者たちは幸福である。
彼の言うことは分からないではない。使命感に燃えて何かの仕事に打ち込むことはすばらしい。ならば、そのようなすばらしい状況にある人は「幸福」であろう。逆に、そうしたすばらしい状況にいない人々、打ち込むべき仕事をもたぬ人々は「不幸」であるのかもしれない。
しかし、何かおかしくないだろうか? 本当にそれでいいのだろうか?
ある社会的な不正を正そうと人が立ち上がるのは、その社会をよりよいものに、より豊かなものにするためだ。ならば、社会が実際にそうなったのなら、人は喜ばねばならないはずだ。なのに、ラッセルによればそうではないのだ。人々の努力によって社会がよりよく、より豊かになると、人はやることがなくなって不幸になるというのだ。
もしラッセルの言うことが正しいのなら、これはなんとばかばかしいことであろうか。人々は社会をより豊かなものにしようと努力してきた。なのにそれが実現したら人は逆に不幸になる。それだったら、社会をより豊かなものにしようと努力する必要などない。社会的不正などそのままにしておけばいい。豊かさなど目指さず、惨(みじ)めな生活を続けさせておけばいい。なぜと言って、不正をただそうとする営みが実現を見たら、結局人々は不幸になるというのだから。
なぜこんなことになってしまうのだろうか? 何かおかしいのではないか?
そう、ラッセルの述べていることは分からないではない。だが、やはり何かおかしい。そして、これをさも当然であるかのごとくに語るラッセルも、やはりどこかおかしいのである。
ラッセルが主張したように、打ち込むべき仕事を外から与えられない人間は不幸であると主張するなら、この事態はもうどうにもできないことになる。やはり私たちはここで、「何かがおかしい」と思うべきなのだ。
人類は豊かさを目指してきた。なのになぜその豊かさを喜べないのか? 以下に続く考察はすべてこの単純な問いを巡って展開されることとなる。
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