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- 我が友、スミス
- 価格:572円(税込)
Gジムに通う会社員・U野は、トレーナーからボディ・ビル大会への出場を勧められ、本格的な筋トレと食事管理を始める。
しかし、大会で結果を残すためには「女らしさ」も必要だった。「それって筋肉美とは関係ないよね?」と、モヤモヤした思いを抱えたまま迎えた本番当日。彼女が決勝の舞台で取った行動とは――。
今回は前代未聞の筋トレ小説として各方面で話題沸騰の『我が友、スミス』(石田夏穂・著)の冒頭部分を公開!
***
火曜は脚の日だ。五台横に並べられた右端のパワー・ラックに陣取ると、まずはバーベルを引っ掛けているフックの高さを調整した。右のフックを、ずずずと二十センチほど下げる。左のフックも、同じ高さに合わせる。私の身長は、一五五センチだった。
バーベルが肩の高さになると、肘をやや曲げ、バーベルを目の前に握った。ひんやりと冷たいバーベルを支えに、片方ずつ脚を前後にぶんぶん振る。一分足らずの見様見真似のウォーム・アップだ。脚の付け根に、引っ張られるような感覚が走った。
屈み込み、バーベルの下に肩を添える。重り(プレート)をつけていないバーベルは、だいたい二十キロだ。すっと立つ。直立すると、バーベルの下に入っていた親指を、他の指と同じ位置に添え直す。こうしないと、どういうわけか、最下点で踏ん張った時に手首が痛くなるのだ。私にこのマニアックなアドバイスを施したのは、このジムの従業員だった。実際にやってみると、本当に手首の苦しさは解消した。
脚幅を調整し、正面の鏡に顔を向けると、どこか澄ました顔の自分が、間抜けにバーベルを担いでいる。
息をつくと、ひょこひょこと十回スクワットした。終わるとバーベルをフックに戻し、左右に五キロのプレートをつけ、スプリング・カラーで固定した。三十キロで、もう十回やる。さらにプレートを追加し続け、五十キロになった時点で、一度水筒の水を飲んだ。ここからが本番なのだ。
バーベル・スクワットはしんどいが、どうしても外せない種目だ。動員する筋肉が多いだけに、達成感もひとしおだからだろう。考えてみれば、筋トレというのは、実に不思議な行為だ。大方誰にも頼まれていないのに、重りを持ち上げたり、引っ張ったり、振り回したり、特定の非日常的な動作を繰り返すのだから。そこだけ抜き出した光景には、何やら前衛パフォーマンスのようなシュールさが漂う。
五十キロは、私の体重に等しい。おりゃっと担ぐと、真っ直ぐ立っているだけで、なかなかの負荷になる。バーベル直下にある骨と骨の間隔が詰まり、身長が縮む錯覚を覚える。だが、ここで「重い」とか「止めよう」とか「できない」とか、余計なことは考えない。私は無慈悲な指揮官よろしく、スクワットを始める。深々と腰を落とす、スローモーションのスクワットだ。私の赤く上気してきた額には、てらてらと汗が反射する。
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