職場と自宅の中間にあるGジムに入会してから、一年と三か月が過ぎた。
Gジムの唯一にして最大の欠点は、スミスが一台しかないことだ。スミスもといスミス・マシンは、バーベルの左右にレールがついたトレーニング・マシンである。レールがついているとバーベルの軌道が自ずと定まるため、バランスに気を使う必要がない。つまり、ダンベルないしバーベルのみで行う「フリー」では危なっかしいチャレンジングな高重量でも、スミスなら比較的安全に扱うことができる。
二十分後、バーベル・スクワットを終えた私は、ジムの端に位置するスミスの様子を窺った。視線の先ではネイビー・カットの三人組が、依然としてベンチ・プレスに励んでいる。私はあのスミスで次の種目をやりたかった。ところが、あの三人組の様子では、あと百年はスミスを明け渡さないかに見える。三人組はプレートを増やしたり減らしたりしながら、順繰りにスミスの中で踏ん張っていた。合同トレーニング、ないし「合トレ」だが、会社員の私は百年も待機するわけにはいかず、仕方なく予定を変更することにした。筋トレくらい、一人でやれよ。一匹狼の私は、胸の中で噛みつく。
パワー・ラックを離れ、混んでいないレディースのダンベル・エリアに向かう。混んでいないというより、そこは無人だった。何年も前に貼られたと思しきピンク色のガムテープが、床に四角く「レディース・エリア」を縁取っている。やましい特別感と僅かな孤独を覚える、入口脇の三畳間だ。
次の種目は、ブルガリアン・スクワットだった。この業界では筋トレのことを「種目」と呼ぶ。Gジムに入会した頃の私は、この言葉遣いが妙に恥ずかしく、もっぱら「筋トレ」と呼び続けていた。しかし最近になって「種目」と自然に口にするようになった。
ブルガリアン・スクワットは、後方にセットしたトレーニング・ベンチに、片足を乗せた状態で行うスクワットだ。片方の足はベンチから靴三つ半分ほど前に据え、もう片方はベンチに足の甲を置く。片足で全体重を支えるだけあって、相当にきつく、翌日は筋肉痛必至の効果的な筋トレ、いや、種目である。
ブルガリアン・スクワットは国際的な知名度を誇る種目で、その名が示す通り、ブルガリア発祥とされる。いや、ブルガリア人が最初にやったのだったか。同じブルガリアン・スクワットでも、細分化されると名前が長くなる。例えばバーベルを担いで行うのであれば「バーベル・ブルガリアン・スクワット」。ダンベルを持って行うのであれば「ダンベル・ブルガリアン・スクワット」。そして、スミス・マシンを使って行うのであれば「スミスマシン・ブルガリアン・スクワット」。こうなるとバトル系少年漫画のような技名ならぬ種目名になる。つまり、私がやりたかったのは「スミスマシン・ブルガリアン・スクワット」だったわけだ。
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