小学校編
傘をささない僕らのスタンド・バイ・ミー
とにかく、傘をさすことが少ない人生を歩んできた。
厳格な父親は、幼い我が子に「男は雨に濡れるぐらいでちょうどいい。簡単に傘をさすのは弱虫だ。雨に負けない強い男になれ」と言った。
その言葉に従った息子は、少々の雨では傘をささない「ヤバい子供」になった。
傘をささぬ者の周りには、同じように傘をささない者が集まり、傘をささない奴はだいたい友達になった。
幼い頃からの性分は、大人になった今も変わらない。
たとえば、初めて会う人との待ち合わせ、その日の空が雨模様だと、私の胸は急に躍り出す。
待ち合わせの相手が約束の場所に傘をささずに来てくれたら、この出会いはきっと素晴らしいものになる! そんな期待に身を震わせ、私は雨が降りしきる街に飛び出していく。
そうやって身体を雨に濡らすたびに、私はいつも、ひとりの女の子を思い出す。
彼女の名は新井まどか、小学校二年生のときのクラスメイトだ。
私が生まれ育った香川県は、全国有数の降雨量が少ない地域である。
北を中国山地、南を四国山地に守られた地形がその原因だ。迫りくる雨雲のほとんどが山々に遮られ、香川県の大地には恵みの雨がなかなか降らない。そのため、よく水不足に陥ってしまうことから、あちこちに溜め池が作られているのだ。
雨が降らないのだから台風だって来ない。
「台風〇号が四国に直撃!」という報道があっても、実際に被害に遭うのは太平洋側の高知県ばかり。四国四県のうち香川県にだけ警報すら出ないなんてことはザラだった。
こんなことを言ったら、今まで台風の被害に遭われた人には大変申し訳ないが、香川県の子供は「台風」に変な憧れを持っている。
一九八七年、当時小学二年生の私もその通りであった。親父の話では、私の住む町に大きな台風が直撃したのは八年前で、それは私がこの世に生を受けた一九七九年のことだった。ということは、私は生まれてこのかた大きな台風を経験したことがないわけだ。
見たい。
この目で台風を見たい。
台風の荒々しさを感じたい。
台風の目の中に入りたい。
風の強さは? その音は? 雨はいったいどれぐらい降る?
積もり積もった台風への興味は、もはや信仰に近いレベルになっていた。
そして一九八七年、ついに台風との出会いがやってきた。
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