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平成十五年一月六日月曜、この年最初の迎賓館営業日、一番の客は蔵前倶楽部の結城叡介だった。結城は大学の一回生で、半年前に誘われて蔵前倶楽部に入会。以来三ヵ月間、ケタ外れの強さを示し圧倒的な勝ち頭を続けてきた。
蔵前倶楽部では当日の勝ち頭が全卓の場代をまとめて支払いに来るのだが、その役目は決まって結城であり、しかも場代缶に残るのは結城の紅白縞チップが常に最多だった。これは座ったら抜けない結城の連勝を示しており、その実態を敏江はずっと目撃していた。
少し前は高校生だった新入生が入会以来勝ち頭を続ける事態は、長い蔵前倶楽部史でも前例が無く、勢い結城を止めろの声が倶楽部に満ちて、年末は連日昼過ぎから場が立った。
しかし敏江は、結城の麻雀は格も質も怖さも、何もかもが違う。とても倶楽部メンバーでは太刀打ちできないとカウンターの奥から観ていた。学生の麻雀は所詮サークル内でのゲーム感覚が抜けないのに対し、結城は完全に博打と捉えているようで、逆境に耐え抜いた後一気呵成に奪っていく凄みの違いが、敏江の位置からは明らかだったのである。
敏江には、スズメ蜂が蜜蜂の巣を襲うように見えた。蜜蜂はスズメ蜂を自分達と同類と思っている。しかしスズメ蜂は蜜蜂を完全に見下していて丹念に食い殺していく。それは勝負事に不可避であって結城の罪でないと分かっていながら、敏江は結城に親しみを抱けなかった。
世間では美男で通るだろう結城の容貌も、敏江は美男子とは認めても好男子と思わない。温和で如才ない結城の涼しげな瞳に、酷薄な光が見えるように感じてしまうのだった。
元々敏江は武骨な男の純朴に甘く、取り澄ました男には辛い。因みに、敏江の亡夫相葉干城は全く逆のタイプだった。
敏江は二十代、区立図書館の司書を務めており、相葉の利用者カード申請は彼女が受け付けた。見るからに高価な濃紺の上下ジャージを着て髪はリーゼント(後にダックテイルと呼ぶと知る)、目付きの極端に悪い中年男を図書館スタッフは怖がり、物怖じしない敏江に応対が回った。
「アルファベットでも登録が必要なので確認ですが、あいばたてき様で宜しいですか?」
と問うた時、片眼だけ僅かに上げて頷いた相葉が、実は含羞んでいると分かって敏江は微笑んだ。
さらに後日、返却図書に挟んだままの栞がアリュールのロゴ入りムエット(試香紙)で、敏江が追い駆けて手渡した時、黙って頭を下げた相葉の両耳がみるみる真っ赤に染まったのに気付いた。何故かホッとするものを見つけたような気がしたのを覚えている。
敏江はこうした、男が無心で示す愛敬を愛でる反面、スマートな愛想には警戒を強める習性があった。
結局敏江は結城に、これまでの学生達には無かった強者の醒めた獰猛を感じ取っており、それに対して一種強張ってしまう自分に気付いている。
しかも、その強張りが好意的反応でないと、結城に見透かされる事を敏江は怖れていた。
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