乙一の真骨頂! 感涙必至! 線香花火のように儚く、切なさ溢れる『一ノ瀬ユウナが浮いている』試し読み

試し読み

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

「どうやら俺たち、二人とも念能力者ではなかったみたいだな」
「うん。残念だけど、そうみたい」
 ユウナが、すこし泣きそうな目をしていたので、俺は動揺してしまう。目が赤かったし、すん、と鼻をすすっていた。
「ありがとう、水見式につきあってくれて」
「どういたしまして」
 その時、ふと、俺は思った。
 ユウナは、自分の中に眠っているかもしれない才能と、念と呼ばれる概念とを、重ねて見ているのかもしれない。
 彼女は、漫画家になることを夢見ていた。絵の練習をしていたし、彼女の部屋の本棚に『漫画の描き方』というテキストがあったし、勉強机にインクを落とした染みのようなものがあった。
 その夢をかなえるため、自分の中に特別な力が眠っていてほしいと切望していたのだろう。ユウナにとって、漫画家といった人種は、物語を絵で具現化するタイプの念能力者に見えているのかもしれない。
「あきらめるなよ」
 俺は思わず、そんな言葉を口にしていた。
 ユウナは、おどろいた顔で俺を見た後、泣きそうな顔を見られまいとそっぽを向いた。

 コップに注がれた透明な水。
 清らかな水の上に横たわる葉っぱ。
 それを中心に広がる波紋。
 ユウナと水見式ごっこをした日の記憶は、大人になっても鮮烈に覚えていた。当時はかんがえもしなかったが、宗教的な儀式に近い印象を受けたのかもしれない。時折、テレビや映画で、キリスト教の洗礼をする様子が登場する。聖職者が信者の額に水を注いだり、信者の体を水に沈めたりする。それを見ると、俺はユウナとの水見式のことを思い出す。

 中学生になっても俺たちの関係は基本的には変わらなかった。いつもの五人で試験前にあつまって猛勉強する。成績の良かった秀が俺たちの脳みそをきたえてくれた。中学校は俺たちの自宅からすこし遠い場所にあったので、自転車で通学をしなくてはならない。男女でならんで自転車をこいでいると、他の生徒たちから冷やかしの目で見られた。
 ユウナは顔立ちが良かったので、男子生徒から視線を向けられることが多くなる。どんな男子生徒に対しても分け隔てなく接してくれるところも人気なのだろう。
 満男は心無い女子からはキモデブ扱いをされるようになったし、秀はキモオタ呼ばわりされていた。表面上、女子が取り繕って普通に接していても、内心でそう思っている雰囲気は伝わってくる。しかしユウナの場合はそんな内面の曇りがなかった。ユウナと塔子の場合、小学生時代に仲良く遊んだおかげで偏見がないのだろう。

乙一
1978年、福岡県生まれ。96年『夏と花火と私の死体』で第6回集英社ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞し、デビュー。2003年『GOTH リストカット事件』で第3回本格ミステリ大賞受賞。著書に『ZOO』『きみにしか聞こえない』「Arknoah」シリーズなど。複数の別名義で小説を執筆、安達寛高名義では映像作品の脚本、監督作品を発表している。

集英社
2024年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

株式会社集英社のご案内