乙一の真骨頂! 感涙必至! 線香花火のように儚く、切なさ溢れる『一ノ瀬ユウナが浮いている』試し読み

試し読み

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 学校から一度帰宅して、彼女が俺の家に来た。集合場所を一ノ瀬家にしなかったのは、彼女の弟の一郎が邪魔をするに決まっているからだ。一郎はシスコン気味なのか、ユウナと俺が一緒に遊んでいるのを嫌がる。水見式には精神の集中を必要とするため、一郎のいない我が家の方がいい。
 ユウナが訪ねてくると、祖母がうれしそうな顔をしてお菓子を出してくれる。二階の俺の部屋にユウナを案内し、さっそく水見式の準備をした。
 必要なものは、コップに注いだ水と、一枚の葉っぱだ。水の表面に葉っぱを浮かべて両手をかざし、体内のオーラを練り上げて手にあつめるのだ。成功すれば、コップの水や浮かんでいる葉っぱに何らかの変化が生じる。それを観察することで、その人の資質が判定できるというわけだ。漫画の中でそう語られている。
 例えば、水の量がふえてコップから溢れ出したなら、その人は「強化系」の念能力の才能を持っている。水に浮かべた葉っぱが、風もないのに動き出せば、「操作系」の念能力の保持者だ。
 実際には念能力なんて存在しない。頭ではわかっている。だけど、もしかしたら自分にも何か不思議な能力が眠っているんじゃないか、という淡い期待も一方では抱いていた。
「私には、どんな念能力があるんだろう……」
 不安そうにユウナが言って、コップに注がれた水を見つめる。庭の木から採取してきた葉っぱを浮かべていた。窓は閉めている。もしも葉っぱがゆれた時、風のせいではないことを示さねばならないからだ。
「先に大地君、お願い」
「わかった。やってみる」
 俺は緊張しながらコップに両手をかざす。
 俺たちは『HUNTER×HUNTER』ごっこをしているにすぎない。だけど、もし、本当に特別な力があったとしたら? 俺は体内のオーラをかきあつめて手を覆うようにイメージする。コップの水の色が無色透明ではなくなり、何らかの色に染まったら、俺は「放出系」の才能を持っている。水の中に不純物が生じたなら「具現化系」。葉っぱが急に枯れたり、水が沸き立って悪臭を放ったりすれば「特質系」だ。
 目を閉じて念じ続けた。
 しかし、コップの水に変化はない。
 五分ほどがんばってみたが、最後にはあきらめて、手を下ろす。
「だめだ……」
「待って。念のため」
 ユウナがコップを手に取り、水を一口、飲んだ。
 水の味が変化していれば「変化系」の念能力保持者だ。
「どうだ?」
「……ただの水」
「そうか」
 何の変化も起きなかった。俺は念能力者ではなかったというわけだ。わかっていたはずなのに、すこし寂しい。
「元気を出して」
 ユウナが俺をいたわるような表情で声をかける。
「今度はおまえの番だ」
「うん。がんばる」
 すこし休憩をはさんで、精神統一をした後、彼女も水見式をはじめた。コップに両手をかざし、まぶたを半分ほど下ろして、念じるような表情になる。額にうっすらと汗を浮かべていた。
 わかっていたことだが、彼女の水見式も俺と同様の結果となった。コップの水にも、葉っぱにも変化は生じない。彼女はがっくりとうなだれて、心底、悔しそうにしていた。俺よりも真剣に信じていたのだろう。特別な能力が自分の中にもあるのだと。

乙一
1978年、福岡県生まれ。96年『夏と花火と私の死体』で第6回集英社ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞し、デビュー。2003年『GOTH リストカット事件』で第3回本格ミステリ大賞受賞。著書に『ZOO』『きみにしか聞こえない』「Arknoah」シリーズなど。複数の別名義で小説を執筆、安達寛高名義では映像作品の脚本、監督作品を発表している。

集英社
2024年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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