「これって、読んでる奴、いるの?」
「読むよ! 私、いつも読んでる!」
その日、一番の大きな声だった。
「こんなの読んで、おもしろいの?」
「おもしろいよ。好きな漫画家さんの言葉ってだけでテンション上がっちゃうよ。最終回の漫画の時なんか、切なくて泣いちゃうし。編集者の人のコメントもあるんだよ。ほら、これ」
ユウナは箸を置いて、目次の隅っこのあたりを指差す。言われるまで気づかなかったが、そこにも小さな文字がならんでいる。『ジャンプ』を作った人たちのコメントなのだそうだ。編集者という職業があることも、それまで知らなかった。
ユウナが目をきらきらさせている。さっきまで、おどおどした様子で肩身が狭そうに遠足に参加していたのに、いつのまにか普通に俺たちは言葉を交わしていた。一冊の『ジャンプ』を二人で覗き込んでいるから、結構、顔が近い。
「おまえって、変な奴だな」
俺は思わずそう言ってしまう。ユウナは、はっとして距離をとった。急に恥ずかしくなったのか、静かに弁当の続きを食べはじめる。
滝の見える公園には、ひんやりとしたやさしい風が吹いていた。流れ落ちた水が地面に衝突し、目に見えないほどの小さな水の破片になって、風の中に溶けていたのかもしれない。天気もよく、青空の中に白い雲が浮かんでいた。
それから俺たちは、漫画以外のことも話をするようになった。ユウナが前に住んでいた町のことや、父親の職業のことを聞く。彼女の父親は隣の市に建設された大型商業施設で働いているらしい。五歳下の弟がいるのだが、今日は熱を出して参加できなかったとのことだ。
遠足が終わってバスで地元に帰り着いた後、別れ際に彼女に『ジャンプ』をあげた。目的の漫画を読み終えた俺にとって、必要のないものだった。
「ありがとう! 大地君!」
ユウナはそれを大切に抱きしめて、うれしそうにしていた。
彼女のことを思い出す時、俺はいつも【ユウナ】という字面を頭に思い浮かべている。自分の名前に使用されている漢字を、彼女自身がきらっていたからだ。
一ノ瀬ユウナの戸籍謄本や住民票に記載されている正式な名前は【夕七】である。七夕みたいな字面で綺麗じゃないかと思うのだが。
「私の名字、一ノ瀬だよね。【夕七】って名前に、【一】を載せたら、どうなると思う?」
いつだったか彼女は説明してくれた。
【夕】と【七】を横にならべて、その上に【一】を載せると、【死】という文字ができる。名前をつけた両親もこれは想定していなかったらしい。
そういうわけで彼女はできるだけ自分の名前を書く時は【ユウナ】とカタカナで記述していた。小学校を卒業する記念に、幼馴染の五人で森にタイムカプセルを埋めたのだが、その時も彼女は自分の宝物を入れた缶にマジックで【ユウナ】と書いていた。縁起が悪く、死神に魅入られたくないという思いから、そうしていたのだろう。
結局、彼女は十七歳で死んでしまったけれど。
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