乙一の真骨頂! 感涙必至! 線香花火のように儚く、切なさ溢れる『一ノ瀬ユウナが浮いている』試し読み

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「うちの子、大地君のところにいる?」
「いいえ、今日は来てませんよ」
「そう……」
「どうかしたんですか?」
「自転車で出かけたまま、戻ってこないの。電話もつながらないし」

 ユウナの母親から連絡があった。
 スマートフォンで彼女にメッセージを送信した場合、いつもならほとんど間をあけずに返信がある。だけどその日は、いつまで経っても彼女から返事がなかった。
 天気予報では小雨のはずだったのに、窓を打ち付けるような勢いで雨が降っている。ほとんど横殴りだ。
 ユウナの母親は警察に連絡し、周辺地域を捜索してもらうことになった。
 俺も大雨の中、レインコートを着て近所を捜して回る。
 空を覆う分厚い雨雲のせいで日中でも薄暗かった。
 ずぶ濡れになって家に戻ると、泣いている俺の両親と祖父母がいた。
 沈痛な表情のみんなを見て、俺は立ちすくむ。
「ユウナは? 見つかったの?」
 俺は一縷の望みをかけて質問する。
 母と祖父母が黙り込む中で、父が声を震わせながら言った。見つかった、と。
 じゃあ、どうしてみんな、そんな顔してるんだよ。俺はレインコートを着たままだった。流れ落ちる水滴が足元で水たまりを作る。全身がぐっしょりと重かった。
「どこにいたの、あいつ」
「水路の先の方だ」
「今、どこ? もう家に帰ってるの?」
「いや、まだだ。警察に引き取られて、調べてもらってる」
 悪い出来事が起きたことを察するが、俺は理解を拒否した。
「警察が引き取った? 何を調べてもらってるの?」
「事故で亡くなった場合は、大抵、そうするんだ」
 俺は父に背を向けて家を出ていこうとする。
「待て、大地。どこに行くんだ?」
「決まってるだろ! ユウナを捜しに行くんだよ!」
「もう見つかった。捜しに行く必要はない」
 外に出ると雨が機関銃の一斉掃射でもしているように打ち付けてくる。父が追いかけてきて俺をはがいじめにした。引き離そうとするが、父の腕はがっしりとしていて、なかなか外れない。
「放せよ! ユウナを見つけないと!」
「落ち着け、大地!」
 父が俺を倒して、雨水でどろどろになった地面に押さえつける。
「もう手遅れなんだ」
 父が俺から離れる。なんとか身を起こすが、立ち上がる力が出てこない。
 母が傘を差して俺のそばに来ると、抱きすくめてくれた。雨粒が傘にあたって、バチバチと花火のような音をたてた。その音が、ユウナと一緒に眺めた、線香花火の火花を思い出させた。

以上は本編の一部です。詳細・続きは書籍にて

乙一
1978年、福岡県生まれ。96年『夏と花火と私の死体』で第6回集英社ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞し、デビュー。2003年『GOTH リストカット事件』で第3回本格ミステリ大賞受賞。著書に『ZOO』『きみにしか聞こえない』「Arknoah」シリーズなど。複数の別名義で小説を執筆、安達寛高名義では映像作品の脚本、監督作品を発表している。

集英社
2024年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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