乙一の真骨頂! 感涙必至! 線香花火のように儚く、切なさ溢れる『一ノ瀬ユウナが浮いている』試し読み

試し読み

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 手持ち花火の詰め合わせセットや、地面に置くタイプの噴出花火、打ち上げ花火や、パラシュートになって落ちてくるタイプの花火など、それぞれが店で買ったものを持ち寄る。夕暮れ時に河川敷にあつまり、家からくすねてきたライターで蝋燭に火を点した。地面に転がっている大きくて平らな石の上に蝋燭を立てて、手持ち花火の先端を火で炙った。
 火薬に引火すると噴水のように、赤や青、ピンクや緑の光の粒が出てくる。火薬が燃えるという、ただそれだけの現象に俺たちのテンションは際限なく上がった。煙が河川敷に立ち込め、独特のつんとしたにおいにむせる。俺と満男と塔子は手持ち花火を振り回し、常識派のユウナに叱られる。秀は火の点いた花火を河川敷の水たまりに突っ込んで、ぶくぶくと水中でも火薬が燃え続ける様子を観察していた。
 一時間ほどで花火がなくなってしまう。ひとしきり楽しんで満足した俺たちは解散することにした。ゴミをかきあつめ、河川敷にとめていた自転車にまたがり、秀と満男と塔子が先に帰っていった。三人は家が遠いから、帰宅をいそいでいたのだ。三人の自転車のライトが遠くなっても、ユウナは懐中電灯の光を地面に向けて最後までゴミ拾いをしていた。
「ユウナ、みんなもう行っちゃったぞ。俺も帰るからな」
「あ、待って」
 ゴミの入った袋を持って歩き出そうとしたが、彼女は不意に足を止めた。地面に落ちていた何かを見つけた様子だった。
 ユウナは屈んでそれを拾う。線香花火だ。十本程度が寄りあつまって束になっている。駄菓子屋でむき出しに売られている商品だ。だれかが買ってきたものの、存在感が薄くて忘れさられていたらしい。
「これ、まだ新品だよ」
「せっかくだし、やるか」
 俺たちは河川敷で中腰になり、指で線香花火をつまんだ。紙縒(こよ)りの先端に火薬を包んでふくらんでいる部分がある。そこにライターの火を近づけた。
 先端が燃えはじめる。しばらくすると、命が宿ったかのような、赤色の火の玉がふくらんだ。やがてその火球はオレンジ色の火花を発する。ぱちぱちと爆ぜる火花の数は、次第に多くなり、勢いを増してかがやく。それが落ち着くと、細い火花が一本ずつ散って、最後には火球そのものが、力尽きたように落下する。
 最初は地味かと思ったが、予想外におもしろかった。独特の味わい深さがある。次の線香花火に火を点し、俺たちは火花を見つめる。すぐそばにゆったりとした川の流れがあり、水の音がしていた。
「みんなでやるタイプの花火じゃないな。何も言わずにじっと見つめているのがいい。まるで本でも読むみたいに」
 俺がそう言うと、ユウナがすこしおどろいた顔をする。
「私も同じことかんがえてた」
「嘘つけ」
「本当だよ」
 俺たちはのこりの線香花火にも火を点す。
 火花が弾けるように生まれ、オレンジ色の光の残像が闇の中に咲く。やがて勢いを失い、呼吸を止めるみたいに沈黙する。
 最後、火球が線香花火の先端から外れて落ちると、あたりは暗く、静かになる。死の世界が訪れたかのように。
「本当に、同じこと、かんがえてたんだよ」
 真っ暗な道を帰りながら、ユウナは言った。

乙一
1978年、福岡県生まれ。96年『夏と花火と私の死体』で第6回集英社ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞し、デビュー。2003年『GOTH リストカット事件』で第3回本格ミステリ大賞受賞。著書に『ZOO』『きみにしか聞こえない』「Arknoah」シリーズなど。複数の別名義で小説を執筆、安達寛高名義では映像作品の脚本、監督作品を発表している。

集英社
2024年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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