乙一の真骨頂! 感涙必至! 線香花火のように儚く、切なさ溢れる『一ノ瀬ユウナが浮いている』試し読み

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 ちなみに俺は、幼少期から塔子のキャッチボールやその他の特訓につきあわされたせいか、それなりに運動ができた。運動ができる男子に対し女子は寛容だったので、キモい扱いを受けることはなかったが、幼馴染の男子二人が悪く言われていると、いい気はしない。
 中学生になり、俺たちは異性というものを意識しはじめる。クラスの中に男女交際をはじめる者たちが出現し、その事実に驚愕させられた。
 俺はユウナに対する感情を自覚していたが、彼女の方はどう思っているのだろう。休み時間、学校の廊下でユウナに遭遇すると、彼女はぱっと明るい表情になり駆け寄ってきてくれる。それから休み時間が終わるまでの間、テレビの話や、本の話、弟がはまっている漫画の話をする。
 ユウナの中に、俺への否定的な感情はない、と思いたい。だが、しかし、好意を打ち明けるというのは話が別だ。それをしたことで今の関係が崩れてしまうことが嫌だ。告白だなんてとんでもない。
 中学で顔見知りになった男子が、ユウナに一目惚れして告白したらしい。ユウナは断ったそうだが、それを知って安堵する自分がいた。
 三年間、自転車で中学校に通う日々を過ごす。
 そして、俺たちは高校生になった。

「ユウナはたぶん、大地のことが好きだぞ」
 秀の家に男だけであつまって、ニンテンドースイッチで遊んでいた時のことだ。秀が自分のキャラクターを操作しながら言った。満男も同意する。
「そうだよ。早いところ告白しなよ。高校のみんなも誤解してるよ。二人はもうとっくにつきあってるんだって」
 俺とユウナが立ち話をしていたり、一緒に書店で本を眺めていたりする様が、同級生たちに目撃されていた。周囲には俺たちがカップルに見えていたようだ。しかし実際は、よく話をする幼馴染の域を出ていない。それどころか、小学生時代よりも会う頻度がすくなくなった。高校生になり、ユウナがバスターミナルでティッシュ配りのバイトをはじめたからだ。その報酬で『週刊少年ジャンプ』を購読するようになり、俺からおさがりをもらう習慣もなくなった。
 いつか言う。気持ちを打ち明けようと思っている。
 そのうちに自然と告白のできるタイミングが訪れるはずだ。
 気負うことなく、話の流れでそう言える瞬間があるはずだ。
 心の中にある彼女への思いが、すっと口から出てくる日が、いつか……。
 だけど、そんな日は来なかった。

乙一
1978年、福岡県生まれ。96年『夏と花火と私の死体』で第6回集英社ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞し、デビュー。2003年『GOTH リストカット事件』で第3回本格ミステリ大賞受賞。著書に『ZOO』『きみにしか聞こえない』「Arknoah」シリーズなど。複数の別名義で小説を執筆、安達寛高名義では映像作品の脚本、監督作品を発表している。

集英社
2024年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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