【『地面師たち』原作をたっぷり試し読み】不動産詐欺集団が狙うのは、時価100億円の物件……。Netflixでドラマ化、新時代のクライムノベル! 新庄耕『地面師たち』

試し読み

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「どないしたん?」
 後藤が怪訝そうに見ている。
「いえ、大丈夫です」
 顔面の痙攣もそのままに、拓海は無理に笑顔をつくって言った。コップの水を口にしているうち、やがて痙攣はおさまっていった。
 むかいのササキが、落ち着かない様子で窓の方をながめている。後藤が、ふと思い出したようにこちらに眼をむけた。
「そういえば、拓海くんってハリソンとどれくらいの付き合いになるん?」
「四年ぐらいになりますかね」
 その間、ハリソン山中とどれくらいの仕事をしただろう。小さい仕事(ヤマ)もふくめればそれなりの数におよぶ。
「なんや、まだそんなもんなん? 俺よりぜんぜん短いやん。めっちゃ白髪やし、もっと前からつながってんのかと思うてたわ」
 後藤が拍子抜けしたような声を出す。
「そもそも、拓海くんっていくつなん?」
 今年で三十七になると答えると、後藤は信じられないといったように瞠目していた。
 拓海が後藤と一緒に仕事をするのはこれで二回目となる。それ以前に後藤がハリソン山中とどのような関係にあったのかほとんど知らない。
「大きなお世話かもしらんけど、拓海くんも、いつまでもハリソンなんかにおんぶにだっこのままやと足すくわれるで。他人を信用しすぎたらあかん。自分の身は自分で守らな」
「ありがとうございます、気をつけますよ」
 いくらか分別臭い説教を適当にいなしていると、その反応が気に入らなかったのか、ふいに後藤の顔つきが険しさをおびた。
「もともとあいつはな……」
 そう言いかけて、後藤は口をつぐんだ。
 店員がコップの水をそそぎにあらわれる。拓海はそれを断ると、腕にはめたガーミンの文字盤に眼を落とした。ディスプレイの片隅に表示された心拍数は平時の目安である七十を示し、デジタルの針はもう少しで九時二十分を指そうとしている。待ち合わせの弁護士事務所は地下鉄の隣駅からすぐのところだった。時間には余裕を持っておいた方がいい。
「ぼちぼち行こか」
 後藤がテーブルの伝票をつまんで腰をうかせた。

新庄耕(しんじょう・こう)
1983年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年、第36回すばる文学賞を受賞した『狭小邸宅』にてデビュー。著書に『カトク 過重労働撲滅特別対策班』『サーラレーオ』『ニューカルマ』『夏が破れる』などがある。

集英社
2024年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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