【『地面師たち』原作をたっぷり試し読み】不動産詐欺集団が狙うのは、時価100億円の物件……。Netflixでドラマ化、新時代のクライムノベル! 新庄耕『地面師たち』
試し読み
「生年月日」
「生年月日は……昭和十五年の二月……十七日」
ササキの眼がせわしなく左右にさまよう。この日のためにたくわえられた口髭が、声を発するたび毛虫のごとく動き、窓外にあふれる七月の朝陽をうけて白く光っていた。
「西暦で言(ゆ)うてみ」
間髪いれず後藤がたずねる。
「ええと……一九四〇年の二月十七日。干支は辰で、生まれは新潟の長岡―」
「あかんあかん。訊かれてもないことそんなぺらぺら話したらあかんて。訊かれたことだけでええねん。余計なこと言うたらあかん。すぐボロが出る」
後藤がとがった声でたしなめると、ササキはすみませんと小さく言ってテーブルに眼を落とした。拓海はすかさず表情をゆるめ、ササキをなだめた。
「ササキさん、質問には短く答えるだけで結構です。もし仮に事前におぼえてないことや答えられない質問がきたら、曖昧に言葉をにごしてください。その場合は我々の方でフォローするようにしますから」
フォローすんのも限界あるやろ、と隣の後藤が不満そうに口をとがらせている。
後藤が神経質になるのも無理はなかった。ササキがひとつ受け答えを間違えるだけで、拓海たちがこれまで入念に積み重ねてきたものが崩れ去り、残代金の六億円をとりっぱぐれることになってしまう。拓海は、不安の色を隠そうとしない後藤をなだめつつ、引きつづき暗記事項の確認をササキに求めた。
ササキは緊張を解きほぐすようにコップの水を飲んでから、ふたたび口を開いた。氏名にはじまり、生年月日、干支、出生地、家族構成、家族の氏名や年齢、隣近所の状況、最寄りのスーパーマーケットの名前、物件の概要や外観、売却の理由などと多岐にわたる。ところどころ言葉に詰まるところはあったものの、もれなく記憶にきざまれているらしい。
今回のプロジェクトでターゲットとしている物件の所有者は、島崎健一という七十八歳の男性だった。数年前に妻と死別してからはひとりで暮らしていたという。昨年の夏に都内の老人ホームに入居し、現在はそこを生活の拠点にしている。
島崎健一のなりすまし役を立てるにあたって、ハリソン山中らはいつもより多くの候補者と面接したと聞いている。中にはこのササキよりも演技力に秀で、容姿や背格好についても、島崎健一にもう少し似ている者もいたらしい。どの候補者を選出するか意見が分かれたものの、結局はその優れた記憶力を買ってササキを採用したハリソン山中の判断は間違っていなかったとあらためて思った。
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