【『地面師たち』原作をたっぷり試し読み】不動産詐欺集団が狙うのは、時価100億円の物件……。Netflixでドラマ化、新時代のクライムノベル! 新庄耕『地面師たち』
試し読み
拓海は曖昧に笑うだけで、否定はしなかった。明日の午前中に車で東京を発ち、福島県南会津の旅館で前泊してから、丸山岳を四泊五日で縦走する予定を立てている。
丸山岳にのぼるのはこれで二度目だった。登山道の整備どころか、道そのものが存在しない丸山岳をのぼるには、残雪期をねらうか無雪期に沢をさかのぼるかしかない。前回は残雪期の五月だったためにほとんど雪山だった。同じ山でも、雪があるとないとでは景色がまったくちがう。今回はなるべく時間をかけてのぼり、緑の氾濫する丸山岳の大自然に少しでも長く身をひたしたかった。
個室の引き戸がノックされ、店員が食後のコーヒーを各自の前に置いていく。
「次はどういう感じなん?」
後藤がコーヒーをすすりながら、ハリソン山中を見る。
「竹下さんの仕事次第ですが、今度はもっと大きなヤマを狙おうと思ってます」
そう返して、右手の小指に光る二連の指輪をまわしている。なにかよい着想がうかんだときにしばしば見せるハリソン山中の癖だった。
「大きいって?」
竹下がたずねた。
「死人が出てもおかしくないぐらいのヤマです」
少しのためらいもないハリソン山中の返答に、スマートフォンをいじっていた麗子が驚いたように顔をあげた。
「死人って、どういう意味だよ……」
竹下が眉をひそめる。
「ヤマが大きくなると、どうしても滑落しやすくなりますから」
皆、一様に押し黙り、発言するものはいなかった。扉のむこうを、退店する客のにぎやかな声が通りすぎていく。
ハリソン山中が吹き出すように声を出して笑った。
「冗談です。驚かせてすみません、一般論を話したまでです。我々には関係ないことですから、忘れてください」
拓海は、無言でコーヒーを口にふくんだ。ほんのわずか、ハリソン山中の笑声に戯言とは思えない響きがふくまれている気がした。
「少なくとも、今回程度のヤマをやるつもりはありません。成功すればリターンはかなりのものになると思います。ですが、そのぶんリスクも高い。手を引くならいまのうちに申し出てください。無理強いはしません。他に頼みますから」
そこでハリソン山中はいつもの微笑をうかべ、
「三ヶ月半後に合流しましょう。詳細はまたこちらからご連絡させていただきます」
と、会計のために店員を呼んだ。
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