【『地面師たち』原作をたっぷり試し読み】不動産詐欺集団が狙うのは、時価100億円の物件……。Netflixでドラマ化、新時代のクライムノベル! 新庄耕『地面師たち』

試し読み

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 あきれるほどやわらかいシャトーブリアンを平らげ、焼きもののなくなった網の下では、等間隔につらなった青い火がわずかにゆらめいている。グラスを握りしめたまま、その火を凝視していた拓海は、我に返り、テーブル下のつまみをひねってロースターの火を落とした。
 店員があらわれ、冷麺やクッパのお椀を各自の前に置いていく。
「そう言えば、マイクホームの社長、今日発売の『フェイス』ですっぱ抜かれてたよな」
 クッパをかきこんでいた竹下がスープを飲み干して言った。
「何の件でやられたんですか」
 拓海が見たところでは、マイクホームの社長はいかにも女性から好かれそうな風貌で、派手に遊んでいそうではあった。それでも一般人であることに変わりはない。写真週刊誌にスクープされるなど思ってもみなかった。
「いや、俺もよく知らねえんだけどさ。あの社長、あれなんつったかな、なんとかっていう女子アナと付き合ってるみたいで、一緒にマンションから出るとこ撮られてたぜ」
 竹下が皮肉まじりに口の端を引き、オールセラミックの歯列がのぞく。
「そらおもろい。ごっついインチキディールまとめて、ええ気分になって女と乳繰り合うてるとこ撮られたんか。傑作やな」
 後藤が大げさに手をたたいて笑うと、炭水化物をパスしてひとりデザートのメロンを食べていた麗子もおかしそうに相好をくずした。
「早くて来週ぐらいですかね、法務局から所有権移転の申請が却下されるのは」
 ハリソン山中が拓海に眼をむけていた。
 今回のプロジェクトで用いた偽造書類それ自体は精巧に造られているとはいえ免許証番号やICチップに記録された情報は島崎健一のそれとは別人のものだった。調べられればでたらめだとわかってしまう。そう遠からぬうちにマイクホームに申請却下の連絡がいくことになるだろう。拓海は、おそらく、とハリソン山中を見てうなずいた。
「いずれにしろ、あんまりゆっくりはしてられませんね。私は明朝、メキシコのカンクンに発ちますが、皆さんはどうされる予定ですか」
 ハリソン山中が皆を見回すと、他のメンバーも今週中には国外へ出発し、ほとぼりがさめるまでしばらく日本から距離を置いて雲隠れするという。麗子は愛人のいるハワイのコンドミニアムへ、後藤は家族には出張と称し、カジノで散財するためシンガポールとマカオへ、竹下はモナコの別邸で気ままに過ごすようだった。
「拓海ちゃんは?」
 麗子が残り少なくなったメロンをスプーンですくいとりながら言う。
「拓海くん、また山やろ。ほんま辛気臭いで。あんなんしんどいだけやのに、なにがおもろいんかまったくわからへん」
 麗子のぶんの冷麺を食べていた後藤が顔をしかめる。

新庄耕(しんじょう・こう)
1983年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年、第36回すばる文学賞を受賞した『狭小邸宅』にてデビュー。著書に『カトク 過重労働撲滅特別対策班』『サーラレーオ』『ニューカルマ』『夏が破れる』などがある。

集英社
2024年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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