【『地面師たち』原作をたっぷり試し読み】不動産詐欺集団が狙うのは、時価100億円の物件……。Netflixでドラマ化、新時代のクライムノベル! 新庄耕『地面師たち』
試し読み
個室内には陽気な声がしきりだった。
拓海たちが談笑しながらメニューに眼を落としていると、入り口の引き戸がひらいた。
「ねえ、なんでまた焼肉なのよ。今回はロブションだと思って、すっごく楽しみにしてたのに」
ショッキングピンクのオータクロアを手にさげた麗子が入ってきて、その場に立ったまま不満そうに口をとがらせている。
丈の短いノースリーブの黒いワンピースからは、やや内股気味に湾曲した脚がのび、豊胸した胸元に毛先をカールした明るい色の髪がかかっている。ヒアルロン酸やボトックスを打った顔は不自然に突っ張っていて、うっすら年相応の陰りもただよっている。それでも後ろから見ればとても五十歳近くには思えず、実際、街を歩いているとしばしば声をかけられるのだという。
「麗子ちゃん、なに言うてんの。打ち上げ言うたら、肉に決まっとるやん。フレンチなんて、んなバタ臭いもん食うたらあかんて。盛り下がるやん」
後藤がメニューから顔をあげた。
「麗子は、そういう小洒落たとこは俺らなんかと行かない方がいいよ。どうせまた後藤さんがくだらないことばっか言って追い出されるだけなんだから」
後藤の隣にいる竹下が、オールセラミックの真っ白な前歯をのぞかせながら乾いた笑声をひびかせた。
「そんなん言うたら、竹下さんなんか、追い出されるどころか入店お断りやん」
後藤がからかうような眼で竹下を見ている。
週に三日は日焼けサロンのあるサウナに通う竹下の肌は、異様に黒い。シャツからレザーのスニーカーまで全身を白のハイブランドでコーディネートしているため余計に目立つ。今年で齢(よわい)五十七をむかえ、当人によるとふたまわりは若く見られるとうそぶいているものの、正体不明の胡散臭(うさんくさ)さが際立っている。
竹下は独自のネットワークと組織をもち、土地の情報を集める図面師として一線を走りつづけてきた。今回のプロジェクトが成功したのも、いち早く島崎健一が老人ホームへ入居したことを察知した竹下の手腕によるところが大きい。
「麗子さん、気が利かなくてすみません。気兼ねなく話せるところの方がよかったので。次はロブションにしましょう」
拓海の右隣で皆のやりとりを見守っていた最年長のハリソン山中が、鷹揚な低声をひびかせた。
銀座の一流テーラーでフルオーダーするというダブルのスーツは英国製の高級生地でしたてられ、唐紅(からくれない)が鮮やかなハンドロールのシルクタイと調和をなしている。黒々とした髪とあごひげは品よくととのえられ、富豪にふさわしい格調と威厳をハリソン山中に与えつつ、前科二犯におよぶ地面師としての素顔と実年齢を隠すのに役立っていた。
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