【『地面師たち』原作をたっぷり試し読み】不動産詐欺集団が狙うのは、時価100億円の物件……。Netflixでドラマ化、新時代のクライムノベル! 新庄耕『地面師たち』

試し読み

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 拓海が助け舟を出そうとしたとき、いかにも山を張ってという感じで、ササキが島崎健一邸の写った用紙を指さした。
 うなずいた司法書士がなおも質問しようとしている。
「まだやるん?」
 後藤が、皆に聞こえるような声で口をはさんだ。
「せっかく、こちらの弁護士の先生が島崎さん本人やって証明書つくってくれはったのに。そんな今日会っただけの、なんも知らん司法書士が、弁護士の先生や、天下の公証人の本人確認をうたがったりしてええんかな」
 そうつづけて、弁護士の方を一瞥した。
 マイクホームと交渉する前、拓海たちは、あらかじめ目星をつけていたこの弁護士のもとへ、島崎健一を装ったササキを単独でむかわせている。そこで、土地の権利証を紛失したとして、所有者であることを証明する「権利証に代わる書類」の作成を依頼させていた。
 この書類、すなわち「本人確認情報」さえあれば、権利証がなくとも不動産の売却が可能となる。書類作成の責任をおう弁護士をいわば善意の第三者として参加させると同時に、今回の決済場所であり、弁護士がふだんから間借りしている、ベテラン弁護士事務所の看板を利用して、このプロジェクトの真実味を深める狙いもあった。
 聞けば、当初弁護士は、万が一の事態を恐れたからなのか、それとも単純に疑わしさを感じたからなのか、書類作成をしぶったらしい。それでも他人の事務所を間借りしているぐらいだから仕事の依頼は多くないのだろう。結局は相場をはるかに超える報酬で、京都方式の登記共同代理とともに引き受け、生年月日や干支といったいくつかの質疑応答と偽造した免許証によって、ササキを島崎健一本人であると認定した。
 ふいに皆の視線を浴びる形となった弁護士は、拓海たちにはめられているとも知らず、まんざらでもない表情で手元の手帳に視線を落としている。
 後藤の一言と弁護士の後ろ盾が利いたのか、本人確認はそれでうやむやとなった。
「それでは島崎さま、こちらのご自宅をマイクホームさまにお売りしてもよろしいですか」
 司法書士が、島崎健一邸の画像が印刷された紙を示す。
 皆が注視する中、予行演習どおりササキが、
「……はい」
 と、ひかえめにうなずいた。
 司法書士の指示にしたがって、買主の社長と売主のササキが登記関係の書類に次々と記名、押印していく。
「ここと、それからここにも実印をお願いいたします」
 ササキの表情は相変わらず余裕が失われているものの、書き慣れた感じが出るまで何度も筆写させたはずの“島崎健一”の文字に迷いはなかった。指示にしたがって実印を押す動作もそつがない。
 室内は物静かだった。紙のめくれる音やペンを走らせる音がひびいている。
 拓海は安堵した心もちでササキの様子を見つめていた。隣の後藤も、もはや司法書士を急き立てるようなことはせず、黙って見守っている。
 やがて、それぞれの記名と押印済み書類の確認を終えた司法書士が、出席者を見回しながら口をひらいた。
「登記申請書類はすべて整いました。決済をしていただいて結構です」

新庄耕(しんじょう・こう)
1983年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年、第36回すばる文学賞を受賞した『狭小邸宅』にてデビュー。著書に『カトク 過重労働撲滅特別対策班』『サーラレーオ』『ニューカルマ』『夏が破れる』などがある。

集英社
2024年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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