【『地面師たち』原作をたっぷり試し読み】不動産詐欺集団が狙うのは、時価100億円の物件……。Netflixでドラマ化、新時代のクライムノベル! 新庄耕『地面師たち』
試し読み
弁護士事務所の応接室に通されると、すでに不動産業者であるマイクホームの関係者が待っていた。
これまで事前交渉や売買契約締結のため拓海と何度か顔をあわせているマイクホームの社長の他に、胸に社長と同じプラチナの社章をつけたその部下二人と、マイクホーム側の司法書士だろう、見知らぬ若い男の姿もある。
席に荷物を置くなり、どちらからともなく名刺交換がはじまった。
拓海は、“スパークリング・プランニング”という不動産コンサルタント業をかかげる社名と、今回のプロジェクトで使用している“井上秀夫”という偽名が記された名刺を手にした。
後藤とともに挨拶にまわっていく。型通りの挨拶とはいえ、残代金の支払いと所有権の移転が同時におこなわれる、不動産売買のクライマックスとも言うべき決済を前にして皆口数は少ない。妙な緊張感が室内にただよっている。関西弁をつらぬく後藤の快活な声だけが、やたらと大きくひびいていた。
ほどなく名刺交換が終わり、総勢八名におよぶ顔ぶれが明らかとなった。
買主側は、マイクホームの三名と彼らが用意した司法書士の一名が居ならび、売主側は、この取引を表向き取り仕切り、売主の代理人役をつとめている拓海、仲介業者役の後藤、売主役をつとめるササキがならぶ。ミーティングテーブルの端には、立会人であり、ふだんはここ「さかい総合法律事務所」に間借りしながら活動している四十代前半の弁護士が座っていた。
拓海は、かたい空気をときほぐすように軽く会釈すると、テーブルのむかいにならんだマイクホーム関係者を見回して口をひらいた。
「本日はお忙しいところご足労いただきましてありがとうございます。いろいろと無理ばかり申し上げましたが、無事にこの日をむかえられて嬉しく思っております」
「こちらこそ、このたびは貴重な物件を私どもにお譲りくださり、深く感謝申し上げます」
四十代なかばという実年齢よりずっと若く見える、端整な顔立ちをした社長が目礼する。慇懃な語調とは対照的に、不躾(ぶしつけ)な視線が拓海の左隣でうつむきがちに座っているササキの方へそそがれていた。
マイクホーム側がササキと会うのは今日がはじめてだった。
社長は、今回の取引がはじまって以来一度ならず、物件の所有者である島崎健一との面会を拓海に要請してきた。島崎役のササキを何度も会わせれば、それだけ偽者と見抜かれる可能性が高まってしまう。できるかぎりリスクを軽減するため、体調不良や気難しい性格などの理由をその都度でっちあげ、いずれの要求も突っぱねていた。
高額な金銭がやりとりされる不動産売買において、買主側は、書類などの形式上の精査だけでなく、慎重を期してその物件が本当に所有者のものなのか、現地視察とは別に対面での本人確認をすることが少なくない。その意味では、今日まで面会を先延ばしされてきたマイクホーム側のササキに対する露骨な反応は、むしろ自然といえるかもしれない。
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