【『地面師たち』原作をたっぷり試し読み】不動産詐欺集団が狙うのは、時価100億円の物件……。Netflixでドラマ化、新時代のクライムノベル! 新庄耕『地面師たち』
試し読み
それを聞いて茶化している後藤にしても、子連れの女と二年前に再婚したばかりで、地面師稼業のことは家族には一切伏せているらしい。いつまでも大きなリスクを引き受けていられないのは同じだった。
後藤も、父親が暴力団組員だったという竹下も、もともと一応は堅気だった。それぞれ彼らなりの事情があって道を踏み外し、金のためにたまたま今こうして力を合わせているに過ぎない。ともに前科持ちで、いつまた塀のむこう側に落ちるともわからないリスクを思えば、どこかで区切りをつけるのもひとつの考え方なのだろう。むしろハリソン山中のように、どれだけひとを欺いても飽き足りない、骨の髄まで詐欺師気質が染み込んでいる人間の方が異常なのかもしれない。
「そういえば麗子ちゃん、ササキのオッサンってもう長崎に行ったの?」
トングを手にした竹下がシャトーブリアンを網に置きながら、麗子の方に眼をむける。
「今朝ね」
麗子が皿のカクテキに箸をのばす。
なりすまし役を手配するのは麗子の役目だった。今回のプロジェクトで採用したササキも、彼女の協力者の人脈から見つけてきたらしい。麗子は、デートクラブのマネージャーをしていたときにハリソン山中と知り合い、仕事を手伝うようになったという。他のメンバー同様、経歴は不明瞭だった。
「そうだ、ハリー。忘れないうちに」
麗子は箸を置いて、オータクロアから出した領収書の束をハリソン山中に渡した。
ササキや弁護士の報酬をはじめ、偽造書類の作成費などプロジェクトで発生した経費はすべてハリソン山中が負担することになっている。そうしたこともあって、ハリソン山中の取り分は他のメンバーよりも多い。今回で言えば、マイクホームからだまし取った七億円あまりのうち、三億円が首謀者であるハリソン山中にわたり、最も逮捕リスクが高い交渉役の拓海と後藤が一億円ずつ、応援部隊などの手配をした裏方の竹下が一億五千万円、麗子が五千万円、資金洗浄を経てそれぞれの架空口座に振り込まれていた。
「ササキさんの長崎までの航空代はわかるんですけど、この、飲食代と宿泊代っていうのは……百万近いですけど」
領収書に眼を落としていたハリソン山中が麗子の方に顔をむけた。
「今回はいろいろ調整しなきゃいけなくて、大変だったの。別にそれぐらいいいでしょ」
「そら高いわ」
後藤が顔をくもらせる。
「関係ないんだから黙ってて」
麗子は、真っ赤なマニキュアの塗られた指先でシャンパングラスの脚をつかみ、澄ました表情で酒に口をつけた。
「なるほど、そういうことなら承知しました。ササキさん以外の候補者の用意も大変でしたもんね。後ほど振り込んでおきます」
ハリソン山中が余裕のある声で言った。
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