あざとすぎる20代女性を“お持ち帰り”する42歳の妻子持ち男性…あなたは違和感に気付けるか? 結城真一郎『#真相をお話しします』試し読み

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マッチングアプリでパパ活。リモート飲み会と三角関係。中学受験と家庭教師。精子提供と殺人鬼。日常に潜む「何かがおかしい」。その違和感にあなたは気づくことができるか。

ミステリー界の超新星・結城真一郎が仕掛ける、どんでん返しの五連撃。日本推理作家協会賞受賞作を含む累計50万部突破の傑作短編集『#真相をお話しします』(新潮文庫)より、「ヤリモク」の冒頭部分を公開します。

 ***

ヤリモク

 というわけで、僕は“お持ち帰り”しようとしている。

 当たり前だが、ファストフード店のハンバーガーセットでも、最近テイクアウトを始めた居酒屋の弁当メニューのことでもない。

 もちろん、女の子を、だ。

 男というのは愚かなもので、ここまでくると途端にすべてがどうでもよくなってしまう。一軒目のクラフトビール専門店の会計も、二軒目のバーのお代も、その後のタクシーの運賃も。そこへ至るまでにどれほどの金と時間と労力を費やしていようが、どれも必要な手続きであり、やむを得ない犠牲──そう折り合いをつけることができてしまうのだ。

「あー、さすがに飲みすぎちゃった」

 そんな男心を知ってか知らずか、タクシーを降りるなりマナが腕を絡めてくる。九月も下旬になり、肌寒さが増す今日この頃。時刻は夜中の一時半を回っていた。

 寝静まった住宅街は、まるで別世界だ。夜空から降ってきた束の間の安息と明日への希望、もしくは一抹の憂鬱。それらがマリンスノーのようにしんしんと町角に積もっていく。そんな“深海底”に、僕は女の子と二人きり。

 ──いや、いい歳して何やってんだか。

 三十二歳、独身。彼女はそう信じているが、実際は四十二歳、妻子持ち。罰当たり、という言葉とともに娘の顔が脳裏をよぎる。嗚呼、愛する美雪よ。こんなパパをどうか赦しておくれ。いや、もちろん悪いことをしてるっていう自覚はあるんだ。本当だよ、嘘じゃない。だけど、ここまできておいて引き返すのは「据え膳食わぬはなんとやら」でさすがに無理ってもんさ。嗚呼、愛する美雪よ。こんなパパをどうか赦しておくれ──

 どれだけ胸の内で唱えても、その釈明が本人の耳に届くことはない。だから、せめてもの償いとして「水でも買う?」とマナに問う。

「ううん、もうすぐそこだから平気」

「あ、そう」

 と言いながら、僕は気付いていた。酔ったふりをしているだけで、彼女はまったくの素面(しらふ)だということに。なぜか? 見てしまったからだ。タクシーを降りるときにその顔面に貼りついていた、こちらの背筋がうすら寒くなるほどの冷めた表情を。

「ねえ、こういうことするの何回目?」

 腕にぶら下がるマナが、先ほどの“能面“がまるで嘘のような甘ったるい上目遣いを寄越す。「こういうこと」とは要するに「マッチングアプリでその日に出会った女とそのまま一夜を共にする展開になること」を指すのだろう。初めてだよ、というのはさすがに見え透いた嘘だし、百回以上、なんてボケるのも子供じみているので、正直に答える。

「七回目、かな」

「えー、数えてんの?」

 マジやばいチャラーいとはしゃぎながら、彼女はさらに身を寄せ、これ見よがしに豊かな胸を押し当ててきた。あまりにあざとすぎるというか、こういうのが男は好きなんでしょと鼻で笑われているようにも思えて、ほとほとうんざりする。こんな破廉恥な姿、この子の親が見たら何て言うだろう。同じことを愛する美雪がどこぞのおっさん相手にしていたらと思うと、不愉快すぎて吐き気すら催すレベルだ。

結城真一郎
1991(平成3)年、神奈川県生れ。東京大学法学部卒業。2018年、『名もなき星の哀歌』で新潮ミステリー大賞を受賞してデビュー。2021(令和3)年、「#拡散希望」で日本推理作家協会賞(短編部門)受賞、同短編を収録した『#真相をお話しします』で、2023年本屋大賞ノミネート。その他の著書に『プロジェクト・インソムニア』『救国ゲーム』『難問の多い料理店』がある。

新潮社
2024年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。

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