大晦日にホテルで思い出話に耽った80代男女3人は、猟銃で命を絶った……喪失と前進を描く江國香織『ひとりでカラカサさしてゆく』試し読み

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大晦日の夜、ホテルに集った篠田完爾、重森勉、宮下知佐子の八十代三人。若い頃からの仲である彼らは、酒を片手に尽きない思い出話に耽り、それから、猟銃で命を絶った――。まさか、一体、なぜ。突拍子もない死を突き付けられた子や孫、友人たちの日常や記憶が交ざり合い、故人の生涯も浮かび上がっていく。

江國香織が、人生に訪れるいくつもの喪失と誇るべき終焉、そして前進を描いた、胸に迫る物語。

「ただ誰かがそばにいてほしいと思う時、 私には、この本がいてくれる」上白石萌音さんの解説も特別収録された『ひとりでカラカサさしてゆく』(新潮文庫)より、冒頭部分を公開します。

***

 バーラウンジにはピアノがあって、しっとりした曲が演奏されている。ブース席に腰を落着けた三人は、それぞれ飲みものを頼んだ。痩せていて背が高く、肌の浅黒い篠田完爾は八十六歳、小柄で禿頭の重森勉が八十歳で、下垂した頬がブルドッグを思わせ、ショートボブにした白髪が人目を引く宮下知佐子は八十二歳だった。三人が会うのは二か月ぶりで、その前にもそう間をあけずに会っているので、昔のようだと三人とも感じていた。どういうわけか、やすやすと昔に戻ってしまったみたいだと。実際には、誰もどこへも戻れはしないとわかっていたが。

「あのころはさ、こんな日がくるとは思わなかったわよね」

 知佐子が言い、運ばれたビールで小さく乾杯の仕種をする。

「まあ、そんなことを言えば完爾さんが田舎暮しするなんて想像もできなかったし、勉(べん)ちゃんの頭がそんなにさっぱりしちゃうなんて考えもしなかったわけだけれど」

「鏡を見てごらんなさいよ、お互いさまだってわかるから」

 勉が言い返す横で、あのころというのは一体いつのことだろうかと完爾は考えていた。出会ったころだろうか(そうならば、完爾は二十六歳だった)、その十年後だろうか、二十年後? いつでもあり得た。三人はずっと仲のいい友人同士だったのだから。

「どんな状況でも酒は旨いね」

 水割りにしたウイスキーをちびちびと啜りながら、勉がにやりとしてみせる。

「俺は酒にだけは裏切られたことがないよ」

 あたしは、と、口にはださずに知佐子は考えた。あたしは犬にだけは裏切られたことがない、と。

 きょう三人が待合せたのは東京駅から近いホテルのロビーで、それは主に新幹線でやって来る篠田完爾の利便性を考えてのことだったが、神田生れの宮下知佐子にとっては昔から馴染みのある界隈(様変りしすぎて、来るたびにまごつくとはいえ)であり、一時期だが銀座で仕事をし、周辺を遊び場にしていた重森勉にとってもまた、それなりになつかしい場所と言えた。

 最初に到着したのは完爾だった。チェックインをすませ、いったん部屋にあがったものの、洗面所を使うともう他にすることもなく、約束の時間には早かったがロビーに降りた。するとそこに勉がいた。年の瀬であり、街もロビーも人でごった返していたが、二人はすぐに互いを見分けた。それは、何か決定的なことのように二人には思えた。相手を探していたから目に入ったというのではなく、探す前から自然と目に入った。まるで、自分たちとそれ以外の人間たちが、すでにはっきり隔てられているかのようだった。

 約束の五時に十五分遅れてやってきた宮下知佐子もまた、すぐに旧友二人を見分けた。大きな花の飾られた台の前に、所在なげにならんで立つ男二人が目に入ったとき、りゅうとしている、と思って知佐子は嬉しくなった。知佐子の考えでは、大切なのはそれだった。りゅうとしていること。それに、男二人の顔には歴史が刻まれ、品と知性と性質のよさが滲みでていた。すくなくとも知佐子にはそう見えて、吸寄せられるように駆け寄った。

 走らなくていい、走らなくて、というのが勉の思ったことで、荷物があるのか、というのが完爾の思ったことだった。ハンドバッグと呼ぶには大きすぎる鞄を知佐子が持っていたからで、しかしすぐに、荷物があって悪い理由もないのだと思い直した。

「遅くなってごめんなさい。ちょっと寄り道しちゃったものだから」

 知佐子は言い、

「あったかいのね、なかは」

 と続けてその場でコートを脱いだ。赤いセーターに黒いスカートという目立つ服装を、完爾も勉もいかにも知佐子らしい選択だと思ったのだが、どちらも口にはださなかった。知佐子もまた男二人の服装を素早く目に留めていた。きょうという日のための服――。勉はスーツに中折れ帽、完爾はセーターにコーデュロイ・ズボンで、どちらも知佐子のよく知る彼らの服装だった。

江國香織
1964(昭和39)年東京生まれ。1987年「草之丞の話」で「小さな童話」大賞、1989(平成元)年「409 ラドクリフ」でフェミナ賞、1992年『こうばしい日々』で坪田譲治文学賞、『きらきらひかる』で紫式部文学賞、1999年『ぼくの小鳥ちゃん』で路傍の石文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞、2007年『がらくた』で島清恋愛文学賞、2010年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞、2012年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞、2015年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞を受賞した。近刊に『去年の雪』『川のある街』『読んでばっか』など。小説以外に、詩作や海外絵本の翻訳も手掛ける。

新潮社
2024年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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株式会社新潮社のご案内

1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。

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