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- 残像
- 価格:1,056円(税込)
浪人生の堀部一平は、バイト先で倒れた葛城に付き添い、自宅アパートを訪れた。そこでは、晴子、夏樹、多恵という年代もバラバラな女性3人と小学生の冬馬が、共同生活を送っていた。他人同士の生活を奇妙に感じた一平は冬馬から、女性3人ともに前科があると聞く。一方、政治家の息子・吉井恭一は、執拗に送られてくる、過去を断罪する写真に苦悩していた。身を寄せ合う晴子たちの目的、そして水面下で蠢く企ての行方は――。
暗い過去への復讐を描いた、心震わす衝撃のサスペンスミステリ!
角川文庫75周年を記念して書き下ろされた本書より、冒頭部分を特別公開いたします。
(※2024年7月22日~9月30日までの期間限定となります)
***
第一章 出会い
1
「今日は、楽でいいなあ」
あくびのあとの涙を拭(ぬぐ)いながら、隣に座る幸田陽介(こうだようすけ)が言った。
「まあな」
おなじ程度に気の抜けた声で、堀部一平(ほりべいつぺい)は答える。
たしかに、平日という点を考えても今日の客足はかなり少ないほうだ。朝から雨が降り、五月の中旬にしては肌寒い陽気のせいもあるだろう。
一平は、中学時代からの友人である陽介と一緒に、このあたりでは最大規模のホームセンター『ルソラル』で、三か月ほど前からアルバイトをしている。つまり、陽介は第一志望の大学に合格し、一平は浪人が確定した時期からだ。
午後の十五分休憩中だった。普段「詰所」と呼んでいる、小さな事務部屋の近くのベンチに、二人並んで座っている。この詰所は社員通用口のすぐ脇にあって、監視カメラ用モニターなどのちょっとした機材の置き場と、出入りする関係者をチェックする警備員の控室なども兼ねている。
ちなみに、社員たちの机がある正式な事務所や、ロッカー、休憩室などはすべて二階にある。
そのベンチのすぐそばの従業員向け自販機で、缶コーヒーを買った。陽介は《微糖つめたい》を選び、一平は《ミルク砂糖入りあったかい》にした。先週、シフトを一回代わってやったので陽介のおごりだ。
お揃いの制服を着て並んで座る。青いシャツと黄色基調のネクタイ、赤いロゴが入った紺色のエプロンは貸与だ。洗濯もしてくれる。ただ、カッターナイフや各種ペン類が入った、従業員が「腰袋」と呼ぶツールケースは、正社員かベテランのアルバイトしか持てない。もちろん一平たちにはない。
缶コーヒーのプルタブを引き、ずびずびっと音を立てて飲む。
「あのころは、地獄だったよな」陽介がため息をつく。
「そうだな」
「毎日こうだと、いいよなあ」
「まあな」
あのころ、といってもそれほど昔ではない。十日ほど前に終わったゴールデンウイークのことだ。
今年は、カレンダーの並びから十連休だった会社も多いらしい。旅行やレジャー派だけでなく、ここ数年盛り上がっているDIYやガーデニング人気も影響したのだろう。とにかく、駐車場は満杯、接する道路は渋滞、店の中も人で溢(あふ)れていた。
二人とも品出しや棚の整理が担当だ。商品がはける日には、トラックが到着する着荷場や「ストックヤード」と呼ぶ収納スペースとの往来も、当然ながら増える。人の背よりも高い檻(おり)のようなカーゴに、商品の詰まった折り畳みコンテナを満載して、売り場まで幾度となく往復する。
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