葛城は六十代後半らしいが、まじめによく働く。一平よりも三週間ほど遅れて採用された。つまり新顔だが「労を惜しまず」とか「身を粉にして」とかいう古臭い褒め言葉がぴったりの勤務ぶりだ。基本的に週に五日、来ているらしい。
朝のミーティングで、葛城が園芸担当の新人として紹介されたとき、一平は大丈夫だろうかと少し心配になった。もちろんどの売り場も大変だ。しかし園芸は屋外作業があるし、肉体労働の比率が高い。雨や強風の日にはむしろ仕事は増える。
一平自身、入店してまもないころのみぞれが降った日に、鉢物の移動を手伝わされたことがある。つくづく「屋内担当でよかった」と思った。しかも自己紹介によれば、葛城はこういう仕事は初めてだという。
だが日を追うごとに、もし葛城のその言葉が本当なら、家に帰っても勉強しているのではないかと思えてきた。知識といい手際といい、ベテランにしか見えない。
これまで一平はガーデニングなどにはまったく興味がなかった。花の名前などチューリップぐらいしか知らないし、花が咲かなければ、桜と欅(けやき)の見分けもつかない。
葛城とは、ときおり立ち話程度の短い会話を交わすだけだが、まったく興味のなかった花や樹木の世界のことをいろいろと教えてくれた。
植物は思った以上にデリケートで、特に小さな鉢植えなどは愛情を持って管理しなければ、すぐにダメになってしまう。水をやらなければ枯れるし、やり過ぎれば根が腐る。日に当てなければしおれるし、当て過ぎれば茶色に葉焼けする。
「こんな言いかたをすると年寄り臭いと思うかもしれませんが、人間と同じです」
言わんとすることは、一平の父親の説教と同じだが、しんみりと語るので嫌味を感じない。もし職場の人間を好き嫌いで区分けするなら「どちらかといえば好印象」かもしれない。
葛城は、今日も雨の中、植物たちの面倒をみていたのだろう。園芸店では、ちょうど花の盛りに合わせて品ぞろえする。雨にあたるとすぐにだめになる種類もあると聞いた。
葛城はドア付近で濡(ぬ)れたカッパを脱ぎ、それ用のハンガーにかけ、通路に積まれた段ボール箱の前に立った。バックヤードへ繋(つな)がるこの通路には、一時的に置かれた商品が、場所によっては天井に届きそうなほど高く積んである。消防署から指導が入ったとか入りそうだとか聞いたこともある。
何か探しものらしく、葛城は手元のメモと段ボール箱を見比べている。
急に葛城の動きが止まった。おやと思う間に、腰を曲げ、その角度がみるみる深くなってゆく。右手を腹のあたりに当て、そのままゆっくり床に膝(ひざ)をついてしまった。苦悶(くもん)の表情を浮かべ、背を丸め、いまにも額が床につきそうだ。
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