陽介とは高校からは別々になったものの、いまだに友達づきあいをしている。高校生のころは、同じ模試を受けた時に成績を見せ合ったりしたが、いつも似たような点数だった。その後、陽介は第一志望のそこそこ名の知れた私立大学へ入り、一平は浪人の身となった。
しかし陽介は「おれは大学生、おまえは浪人生」という雰囲気を毛ほども出さないし、そもそも、たぶんそんなことは思ってもいないところが、ゆるくつき合える理由かもしれない。
その陽介が二月の下旬からこのホームセンターでバイトをするのだと聞いて、「おれも紹介してくれ」と便乗した。
ゴールデンウイーク最中(さなか)の五月一日から、年号が「令和」に変わった。変わってしばらくは、このネーミングが良いとか悪いとか揉(も)めていたようだが、世間はすでに飽きたようだ。一平たちの生活にもほとんど影響がない。
今いるこのベンチのすぐ脇はバックヤードの一部になっている。照明はぎりぎりまで落としてあり、コンクリートは打ちっぱなしのむき出しだ。冬は寒そうだし、たぶん夏は暑いだろう。なんの装飾も愛想もなく、倉庫に入りきらない商品が積んである隙間に、身を置かせてもらっているという印象だ。
窓ガラス越しに外の様子を眺めた。小粒の雨が、窓にアスファルトに看板に、そして停められた車にも、静かに絶え間なく降りかかっている。
だが、あまり暇なのも喜ばしくはない。
客足が少なければ商品は売れない。売れなければ、品出しや棚の整理が仕事である一平たちの出番は少ない。ぼんやりしていてバイト代がもらえるほど甘くはない。バイトを統括するチーフマネージャーに「少し早いけど、今日はもう上がって」と言われれば従うしかない。あるいは「明日(あした)は自宅待機」と宣言されるかもしれない。
法律はどうなっているのか知らないが、それが現実だ。
「現実」という言葉に誘発されて、ふと右の手首に目をやる。治ったはずなのに、こんな天候の日は少しうずく。いや、うずく気がするだけかもしれない。
陽介が「そろそろ行くか」と声に出したときだった。
通用口のドアを開けて、業務用のカッパを着た人物が入ってきた。大きめのフードをかぶって顔は隠れているが、誰だかすぐにわかった。園芸売り場担当の葛城直之(かつらぎなおゆき)だ。
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