一平は陽介とうなずきあい、葛城に声をかけて両脇から支え、ひとまず自分たちが座っていたベンチに移動した。
葛城は苦しげに「すみません」とかすれた声を漏らした。
「ベッドまで行きましょう」
一平がそう言ったが、葛城は首を小さく左右に振った。
「ここで大丈夫です。少し座っていれば治まりますから」
「でも……」
「ここで、休ませてください」
一平の声をさえぎって、葛城はおびえる子どものように背を丸めて、ベンチに横になった。
陽介がベッドから毛布をとってきて、葛城の体にかけた。
葛城の耳や首のあたりが濡れている。一平はポケットに押し込んであった、今日おろすつもりで忘れていた、支給品の作業用軍手を引っぱり出し、やわらかそうな部分で水滴をぬぐってやった。ハンカチは今朝うっかり取り換えるのを忘れてきたので、まだ新品の軍手のほうがましだろう。
葛城が小声でつぶやいた。
「迷惑かけます」
「気にしないでください。飲み物、何がいいですか」
葛城がまたしても首を左右に振るので、自販機から《あったかい》ほうじ茶を買って、キャップをひねった。
「ここに置きますからね」
「申し訳ない」
時計を見ると、持ち場に戻らなければならない時刻はもう過ぎている。
「どうする?」陽介が一平に意見を求めた。
「チーフに様子を見てくれって言われたよな。ってことはこれは仕事だよな」
「大丈夫です。仕事に戻ってください」
やりとりを聞いた葛城が割り込んだ。あの添野が「どうしようもないでしょ」という顔をするぐらいだから、頑固なのかもしれない。
じゃあ行くか、と陽介と目顔でうなずき合った。
「葛城さん。それじゃおれたち、行きますから」
一平が声をかけると、葛城が小さくうなずいた。かすかに湿った軍手を見る。私物化できないようにするためか、甲の部分にロゴとキャッチフレーズが入っている。
《暮らしのことならなんでもそろう“ルソラル”》
このホームセンターの名称は、スペイン語で《太陽の》という意味の「luz solar」から採ったと聞いた。
2
三十分ほどして、一平がストックヤードからの品出しのついでに様子を見に行くと、葛城はベンチに座っていた。
上半身を起こせたということは、多少痛みが引いたのかもしれない。
「大丈夫ですか」
一平が声をかけると、力なく微笑んで「そろそろ帰ります」と答えた。そのまま立ち上がろうとするが、ふらついている。どう見ても一人で帰るのは無理そうだ。
一平は添野を捜して、再度相談しようか迷った。もうよけいなことをするな、という声が記憶の隅から聞こえてくる。そんな心配は社員たちにまかせておけばいい。おれはただのバイトだ。
あの一件以来、だれかに親切にしようとすると、心のブレーキがかかるようになってしまった。
同じく品出しに来た陽介が近寄ってきた。立ち上がりかけてまた座ってしまった葛城を見ながら、どうしたものか相談する。
「おまえ、女子にはまめじゃないが、老人には優しいよな」
本人は褒めたつもりかもしれないが、後半は強烈な嫌味に聞こえた。
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