心臓を鷲掴みにされ、魂ごと持っていかれる究極のクライムノベル! 佐藤 究『テスカトリポカ』試し読み

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メキシコで麻薬密売組織の抗争があり、組織を牛耳るカサソラ四兄弟のうち三人は殺された。生き残った三男のバルミロは、追手から逃れて海を渡りインドネシアのジャカルタに潜伏、その地の裏社会で麻薬により身を持ち崩した日本人医師・末永と出会う。バルミロと末永は日本に渡り、川崎でならず者たちを集めて「心臓密売」ビジネスを立ち上げる。一方、麻薬組織から逃れて日本にやってきたメキシコ人の母と日本人の父の間に生まれた少年コシモは公的な教育をほとんど受けないまま育ち、重大事件を起こして少年院へと送られる。やがて、アステカの神々に導かれるように、バルミロとコシモは邂逅する。

第165回直木賞受賞作がついに文庫化! 「心臓破りの鈍器本」とうたわれる本書より、第1部 第1章を特別公開いたします。

 ***

 メキシコ合衆国の北、国境を越えた先に〈黄金郷(エル・ドラド)〉がある。そう信じこみ、そう信じこまずにはいられなかった人々がいる。
 砂塵(さじん)のかなたの赤茶けた夜明けに向かって、道なき道をひた歩く者たち。岩とサボテンの荒野で命を落とす危険もかえりみず、十字を切り、疲れきった足を引きずって進む。
 行(ゆ)く手にはアメリカ合衆国の国境警備隊が待ちかまえているが、監視の目は完璧(かんぺき)ではない。国境の幅があまりに広すぎる。メキシコとアメリカの国境、それは東西およそ三千キロにおよぶ、地球最大の密入国多発地帯だ。あらゆる方法を駆使して、非合法に国境を越えている者の総数は、年間で二千万人にも達すると言われている。
 だが、全員が無事に旅を終えられるわけではない。国境警備隊のヘリコプターに見つかれば、羊の群れのように追い立てられる。人権団体に非難されているこの作戦は、〈ダスティング〉と呼ばれ、低空飛行で迫るヘリコプターによって徒歩集団を威嚇(いかく)し、メキシコ側へと追い返すものだ。ヘリコプターを逃れたところで、過酷な砂漠のなかで道に迷い、仲間とはぐれてしまえば、その人間の末路は目に見えている。
 それでも人々は、出口のない貧しさの連鎖から抜けだそうとして、国境をめざしつづける。どうしてもたどり着かなくてはならない。太陽のように燃えさかる資本主義の帝国へ。アメリカへ。

佐藤 究(さとう きわむ)
1977年福岡県生まれ。2004年に佐藤憲胤名義で書いた『サージウスの死神』が第47回群像新人文学賞優秀作となりデビュー。’16年『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。’18年、受賞第一作の『Ank:a mirroring ape』で第20回大藪春彦賞および第39回吉川英治文学新人賞のダブル受賞を果たす。’21年、『テスカトリポカ』で第34回山本周五郎賞、第165回直木三十五賞受賞。

KADOKAWA カドブン
2024年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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