「本能寺の変」より4年前、荒木村重と黒田官兵衛が“密室の城”の謎に挑む…ミステリランキング4冠の直木賞受賞作にして米澤穂信史上最高傑作ミステリ! 『黒牢城』試し読み

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本能寺の変より四年前。織田信長に叛旗を翻し有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起こる難事件に翻弄されていた。このままでは城が落ちる。兵や民草の心に巣食う疑念を晴らすため、村重は土牢に捕らえた知将・黒田官兵衛に謎を解くよう求めるが――。
事件の裏には何が潜むのか。乱世を生きる果てに救いはあるか。城という巨大な密室で起きた四つの事件に対峙する、村重と官兵衛、二人の探偵の壮絶な推理戦が歴史を動かす。

第166回直木賞受賞に加え、4大ミステリランキングを制覇した注目作が、ついに文庫化!
戦国×本格ミステリの世界へと誘う、物語の序章を特別公開いたします。

 ***

序章 因

 進めば極楽、退かば地獄──。
 勇み声が難波潟(なにわがた)を渡っていく。戦え、戦え、それこそが救いへの道であると、声が人を駆り立てる。応仁の大乱からはや百年、本朝(ほんちょう)の津々浦々に至るまで戦のない土地はなく、数多の家が興り、また滅びていく。飢えと病と戦は、それぞれがそれぞれの悪因となり悪果となって、憂き世を苦しみで満たす。苦から逃れたくば、いざ進め、戦って死ねば極楽往生疑いなし。進めば極楽、退かば地獄ぞと、声は際限もなく繰り返す。
 摂津国大坂にいつしか一向門徒が集い、念仏三昧の大伽藍(だいがらん)を築いて、これを本願寺(ほんがんじ)と号した。乱世の事とて堀や土塁を巡らし、いまや寺とも城ともつかぬその要害に武具兵粮を運び入れ、織田討つべし、仏法護持のこの戦に参じぬ者は破門ぞと門主が檄(げき)を飛ばしてから、八年が経つ。
 口さがない京童(きょうわらわ)は、明け暮れの憂さを晴らそうと噂に興じる。いま仮に、織田と本願寺どちらが勝つかを案ずれば、いかに大坂が難攻不落であろうとも本願寺に勝ち目はない。されど本願寺は毛利と手を組んだ。片や武田上杉を退けた日の出の勢いの織田、片や陰陽十州を領する大毛利、この戦はどう転ぶか、まだまだわからぬ。さても見ものよ──と。
 天正六年十一月とは、そうした時節であった。

 大坂は城と砦に囲まれている。
 織田は一向一揆を相手に越前(えちぜん)で勝ち、伊勢で勝ったが、大坂だけはいまだ攻めきれずにいた。あたかも本願寺の念仏があふれ出すのを堰き止めるかのように、大坂を囲んで城や砦を新たに数多く築き、既にあった城はより堅固に普請し直した。天王寺(てんのうじ)砦しかり、大和田(おおわだ)城しかり、だが最も大きく姿を変えたのは、大坂から北に歩むこと半日、伊丹(いたみ)郷の城である。村々から集めた夫丸(ぶまる)のみならず、武士らが自ら石を運んで築き上げた新しい城は、元の城とは考え方からして異なっていた。

米澤 穂信(よねざわ ほのぶ)
1978年岐阜県生まれ。2001年、第5回角川学園小説大賞(ヤングミステリー&ホラー部門)奨励賞を『氷菓』で受賞しデビュー。11年『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、14年『満願』で第27回山本周五郎賞を受賞。21年刊行の本作で第12回山田風太郎賞並びに第166回直木三十五賞、第22回本格ミステリ大賞を受賞。さらに4つの主要年間ミステリランキングすべてで1位を獲得し、史上初の四冠を達成した。

KADOKAWA カドブン
2024年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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