犯人は、この部室の中にいる――湊かなえが描く、学園青春×ミステリ小説! 『ドキュメント』試し読み

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事故に遭って陸上競技をあきらめた高校2年生の圭祐は、ひょんなことから放送部に入部する。3年生の引退後、仲間たちとともにコンテストに挑むことになった。偶然手に入れたドローンを武器にテレビドキュメント部門の撮影を進めていたところ、煙草を持った陸上部の逸材・良太の姿が映り込む。真実を探っていくと、騒動の陰で糸を引く思わぬ人物にたどり着いてしまい……。部活にかける情熱と予測不能な事件を描く、学園青春エンタメ!

文庫化され話題の本書より、冒頭部分を特別公開いたします。

 ***

序章

 三年生の先輩たち五人が引退した放送室は、その倍の人数が去ったのではないかと思うほど静かになった。とはいえ、体育祭と文化祭が二日連続で行われた九月は、想像以上に放送部の出番が多く、感傷に浸る間もないまま、いや、もともと先輩たちがそれほど恋しいわけではないけれど、気が付くと、一〇月になっていた。
 壁にかけられたカレンダーを見ながら、ぼんやりとそんなことを考えてしまったのは、単に、僕がめずらしく一番に放送室に到着したからだ。月、水、金曜日は、二年生の授業は一年生よりも一時間多く、七時間目まである。だけど、正也(まさや)と久米(くめ)さんは何をしているのだろう。
 正也はクラスも違うし、補習があるのかもしれない。でも、久米さんは同じクラスで、確か僕よりも先に教室を出ていたような気がする。
 と、勢いよくドアが開いた。
「ちぃーっす!」
 いつも通りのテンションで正也が入ってきた。そのうしろに、久米さんもいる。
「たまたま、職員室前で会ってさ」
 正也がテレたように鼻の頭をかいた。別に、僕は二人一緒に来ても、おかしな勘繰りをする気もないし、仲間外れにされたと拗(す)ねる気もない。たとえ、二人が手にしているものが同じチラシであっても。
 正也が僕のとなりの椅子を引く。二年生もいないのだから、広々と使えばいいのに。そうは思っても僕だって、いつもと同じ席についている。久米さんは、少し離れたところに座った。最近はすっかり前を向いていた視線を、今はかなり下げて。
 どうした、重大発表か? 二人、付き合うことになったとか? それはそれで、大歓迎だけど。
「いきなりだけどさ、圭祐(けいすけ)って体育祭で走ってたよな」
 想定外の質問だ。
「借り物競走だけど」
 僕は高校入学前に交通事故に遭った。それから、走るどころか歩くのにも少し不自由する生活が続いたけれど、夏休みに受けた二度目の手術の後、短い距離なら早歩きと変わらないペースで走ることができるくらいに回復した。

湊 かなえ(みなと かなえ)
1973 年広島県生まれ。2007 年「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。翌年、同作を収録した『告白』でデビュー。本著は、「2009 年本屋大賞」を受賞。12 年「望郷、海の星」(『望郷』収録)で日本推理作家協会賞短編部門を受賞。16 年『ユートピア』で山本周五郎賞受賞。18 年『贖罪』がエドガー賞ベスト・ペーパーバック・オリジナル部門にノミネートされた。その他の著書に、『少女』『高校入試』『物語のおわり』『絶唱』『リバース』『ポイズンドーター・ホーリーマザー』『未来』『落日』『カケラ』『人間標本』などがある。

KADOKAWA カドブン
2024年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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