クラスに馴染めない「転校生男子」が「優等生女子」を凍り付かせた不穏な言葉とは…? 名前を持たない悪意をテーマに辻村深月が挑む初の本格ホラーミステリ長編『闇祓』試し読み
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私は、気が弱い。
クラス委員や委員長。クラスで上に立つ役割を務めることも昔から、多かった。特に仕切りたい、と思っていたわけではないし、権力がほしい、目立ちたいという性格じゃないと自分でも思うのに。でも、なんだかやった方がいい気がして、立候補してしまうことが多かった。
今の二年三組でも、そうだった。立候補じゃないけれど、推薦されて引き受けた。一年生の時もやってるからっていう理由で。
だから、委員長が転校生に校内を案内するのも自然なはずだ。
気を遣ったところで、いつもその見返りがあるとは限らない。むしろ、相手がそんな気遣いに気づかず、ちっとも見合わないことの方がずっと多い。
校舎の三階の長い廊下を、白石と二人で歩きながら、澪は内心でため息を吐く。こんなところを人に見られたらどう思われるだろうか。誰か知り合いに会ってしまったら、堂々と転校生を案内しているんだと説明しよう──自分のつま先を見つめながら、白石に言う。
「音楽室は、普段は放課後、ブラバンの子たちが使ってるんだ。白石くんは、前の学校で部活、何、やってた?」
また反応は返ってこないかもしれない──、覚悟しながら聞くと、白石は案の定、黙ったままだった。こうなりゃ自棄(やけ)だ、と、澪は質問を重ねる。
「背、高いし、何かスポーツしてた? 運動神経よさそう」
本当は少しもそんなことを思わなかったけれど、相手を持ち上げるように言ってしまうのもいつもの癖だった。今度も芳しい反応はないだろう──、そう思う澪にいきなり、声が聞こえた。
「原野さん」
びっくりした。それが隣を歩く白石の声だと、すぐにはわからなかった。ほとんど初めて彼から声を聞いた。顔を上げると、今度は至近距離でまともに目が合った。
何? と声を返そうとした。笑顔を作ろうとした。
しかし、その笑顔が、彼の次の言葉で凍りついた。白石が言った。
「今日、家に行ってもいい?」
その顔が──口元が、笑った。左右にゆっくりと口角が吊(つ)り上がり、間から、歯並びがあまりよくない、しかも数本がやたらと鋭く尖(とが)ったギザギザの歯が見えた。とても、とても凶悪に見える、笑顔だった。
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