クラスに馴染めない「転校生男子」が「優等生女子」を凍り付かせた不穏な言葉とは…? 名前を持たない悪意をテーマに辻村深月が挑む初の本格ホラーミステリ長編『闇祓』試し読み

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 そんな話を聞いた後だったから、澪は当惑しながら、今、白石の横を歩いていた。南野に頼まれた放課後の学校案内も、声をかけた男子たちに断られてしまったのだ。昼休みのそのやり取りが影響してのことなのかもしれなかった。花果や沙穂も、今日はそれぞれ部活の大事なミーティングや彼氏との先約があるということで誰もつきあってくれなかった。「ごめーん、澪」「がんばってねー」と謝る彼女たちの口元には、またからかうような笑みが浮かんでいた。釈然としないものを感じながらも、だから、澪は一人きり、無口な転校生に学校案内をしている。
 そう──、白石要は想像以上に無口だった。
「白石くん。学校、案内するよ。南野先生から聞いてるよね?」
 と澪が放課後、席で声をかけた時からそれはそうで、軽く顔を上げてちらりと澪を見てから、無言で頷(うなず)いた。うんともすんとも、発声はない。拍子抜けするような思いになりながら、澪が続けて自分の名前と委員長であることを伝えたけれど、それにも同じように、したかどうかすらさだかでない微(かす)かな頷きを返しただけだった。
 今日、二度もこっちを見ていたと感じられたことが嘘のように、いざ面と向かうと、澪とは目も合わせてくれなかった。どうやら相当の人見知りなのかもしれない。
「三階がね、音楽室とか、美術室とか、特別教室が集まってるんだ。教室移動の時は、だいたい、だから三階」
 歩きながら説明しても、転校生はほとんど表情を変えない。最初はしていた頷きすら、返してもらえているかどうかわからないほどになった。
「おなか、空(す)いてない?」
 少しでも反応が欲しくて、笑顔で尋ねる。白石がわずかにだけど、顔をこっちに向けた気がした。
「男子たちから聞いた。お弁当、忘れちゃったんでしょ? 何にも食べてなかったから、大丈夫だったかなって、みんな心配してたよ」
 後半はアレンジだ。実際には男子たちはみんな呆れたり、「ブキミ」とか言っていただけだ。澪が顔を覗(のぞ)き込むと、白石が頷いた。小さく。
 ようやく反応らしい反応が見えて、澪が「前の学校はお弁当だった?」と続けて聞く。だけど、今度はまた反応がなかった。顔を背けて、何も言わない。澪の言葉だけが宙ぶらりんに放置された形だ。
 頬がかっとなった。
 誰かに見られたら、今のは、自分が無視されたように見えたはずだ。恥ずかしくなって、──でも気を取り直して、どうにか「じゃあ、次は音楽室ね。つきあたり」とまた歩き出す。白石が黙ったまま、ついてくる。
 澪の後をついてはくるものの、あまりの手応(てごた)えのなさに、バカにされているような気持ちになってくる。

辻村 深月(つじむら みづき
2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。『ふちなしのかがみ』『きのうの影ふみ』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『噛みあわない会話と、ある過去について』『傲慢と善良』『琥珀の夏』『この夏の星を見る』など著書多数。

KADOKAWA カドブン
2024年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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