クラスに馴染めない「転校生男子」が「優等生女子」を凍り付かせた不穏な言葉とは…? 名前を持たない悪意をテーマに辻村深月が挑む初の本格ホラーミステリ長編『闇祓』試し読み

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 気のせいかと思ったが、転校生の視線に気づいていたのは、澪だけではなかった。
 その日、いつものメンバーでお弁当を開いてすぐ、親友の澤田花果(さわだはなか)が声をひそめながら「ねねね」と、内緒話でもするように澪の方に額を寄せて来た。ロングヘアの長い髪が澪の顔の近くでさらりと揺れる。
「あの暗そうな転校生さ、澪のことずっと見てたよね」
「え、うっそ。ほんと?」
 親友三人での昼休み。教室の窓際で、澪は窓を背に、残りの二人は窓の方を向いて、互いに向き合う形でいつも一緒にお弁当を食べる。
 おもしろがるような花果の声に、もう一人の親友・今井沙穂(いまいさほ)がとっさに転校生の席を振り返ろうとする。それを花果が「ちょっ! 見ちゃダメだって」と制した。
「こっちで噂してるのバレるじゃん。振り向いちゃダメ」
「ええー、でもそれってさ、澪を好きになったってことじゃない?」
「……たまたまじゃないかな」
 二人の声に苦笑を返しつつ、澪が答える。単に少しこっちを見ていた、というだけだ。
「まだ一言も話してないんだし、好きとかおかしいでしょ」
「いやいやいやいや」
 花果と沙穂の声がそろった。二人して大仰な仕草で顔の前で手を振り動かす。
「一目惚(ひとめぼ)れってこともあるかもよ? でもさ、ヤバくない? 漫画とか映画の中だったら、一目惚れって胸キュン要素だけど、実際は話したこともないのに好きになられるのとかドン引くよね。ストーカーっていうか」
「ちょっと。そんな言い方やめて」
 沙穂がもともと恋話(コイバナ)の類(たぐい)が好きで、悪ノリが過ぎるところがある子なのは長いつきあいの中でよく知ってる。けれど、出会って間もない相手に対してそんなふうに騒ぎ立てるのはどうだろう。澪が眉(まゆ)を顰(ひそ)めると、花果の方がようやく「ごめんごめん」と謝った。
「でもさ、白石くんってきっと頭いいんだね。うちの転入試験、結構難しいって話なのに。去年転入してきた先輩だって、いきなり学年一位の秀才だったわけだし」

辻村 深月(つじむら みづき
2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。『ふちなしのかがみ』『きのうの影ふみ』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『噛みあわない会話と、ある過去について』『傲慢と善良』『琥珀の夏』『この夏の星を見る』など著書多数。

KADOKAWA カドブン
2024年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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