クラスに馴染めない「転校生男子」が「優等生女子」を凍り付かせた不穏な言葉とは…? 名前を持たない悪意をテーマに辻村深月が挑む初の本格ホラーミステリ長編『闇祓』試し読み

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 白石要が、こっちを見ていた。
 一人だけ制服が違う詰襟姿の男子が、周囲からぬぼっと浮き上がって見える。また目が合いそうになって、澪は咄嗟(とっさ)に目線を下げた。彼がこっちを見ていることに気づかなかったふりをする。
「ああ、午後の授業、ダルい。帰りたい」
「あー! お母さん、お弁当にミニトマト入れないでって言ったのに」
 もう話題が別のことに移った二人は、白石の視線にも、澪の様子にも気づいていないようだった。そのまま、澪も平静を装って、なるべくぎこちなく見えないよう、母親の作ったお弁当に目を向ける。
 まだ、彼がこっちを見ている気がする。目線を上げたら、目が合ってしまう気がする。そう思ったら、顔がまともに上げられなかった。視界の隅の、紺色の詰襟の影がさっきから微動だにしない。
 心臓の音が大きくなっていた。怖いというより、気まずさで。さっきまでの自分たちの会話が、転校生に聞こえていたのかもしれない。南野先生だって、白石本人が同じ教室にいるのに、あんなふうに今ここで澪に頼むことはないのに。
 それからふと──、疑問に思った。
 転校初日。うちのクラスの男子たちはみんな、多少の悪ふざけはするけれど、基本的には真面目で気のいいタイプが多いはずだ。だけど、誰も転校初日の白石を、自分たちの輪に誘わなかったのだろうか。一人でお弁当を食べさせていたのだろうか。
 詰襟の影は一人きり。他に誰かと一緒にいる気配もなく、澪の視界の中で位置を変えない。

 白石要がどうして昼休みに一人きりだったのかは、後から、わかった。
 放課後を前に、仲のいい男子に話を聞くと、クラスの男子の何人かは、もちろん、声をかけたのだという。「一緒に飯、食わない?」と。
 白石の答えはこうだった。「え?」と、知らない言語を聞いたように首を傾げ、それから、クラスメートの皆が持つ弁当箱やコンビニで買ってきた菓子パンなどを見てから、緩慢な仕草で、「ああ──」と深く息を吐きだす。それから「持ってない」と答えた。
 ひょっとして、今日は半日だけの登校のつもりだったのだろうか。それとも、前の学校が給食だったのだろうか。中学までならいざ知らず、給食の高校というのはこのあたりではあまり聞かないけれど、別の地域ではそういうところもあるかもしれない。そう思って、何人かが聞くと、白石はどちらの問いかけにも「違うけど」とだけ答えた。少し、めんどくさそうに。
 その様子に、気のいい男子たちもさすがにちょっと気持ちが挫(くじ)けた。それ以上誘うのをやめて、パンが買える購買の場所などを教えたけれど、白石は生返事のように浅く顎(あご)を引いただけで、買いに行く様子もなかった。そのまま一人、教室の自分の席にぽつんと残っていたそうだ。

辻村 深月(つじむら みづき
2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。『ふちなしのかがみ』『きのうの影ふみ』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『噛みあわない会話と、ある過去について』『傲慢と善良』『琥珀の夏』『この夏の星を見る』など著書多数。

KADOKAWA カドブン
2024年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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