会えない人を思うさみしさに寄り添う11の物語――重松 清『かぞえきれない星の、その次の星』試し読み

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出張先から帰れなくなり、幼い娘と毎日画面越しに会話する父親。
3年前に母を亡くし、新しいママと初めて迎えるお盆に戸惑う少年。
母の都合で転校をくり返しながら、ミックスルーツである自分へと向けられる言葉に悩む少女。
いじめを見て見ぬふりしていたことを、偶然出会ったおじさんに言い当てられてしまった中学生――。
ままならない現実を生きる人たちのさみしさを、ちょっとフシギなやさしさで包み込む、11の物語。

文庫化され話題の本書より、冒頭の1篇「こいのぼりのナイショの仕事」を特別公開いたします。

 ***

こいのぼりのナイショの仕事

「今年はずいぶん静かですね」
 ひさしぶりに希望ヶ丘(きぼうがおか)に帰ってきたツバメが言った。
「ああ……まったくだ」
 風をはらんだ尾びれをバサバサ鳴らして、こいのぼりの黒い真鯉(まごい)が応(こた)えた。「こんな寂しい五月は初めてだ」
 真鯉は、町のみんなから「校長先生」と呼ばれている。一緒の竿(さお)に結ばれた緋鯉(ひごい)は「保健室の先生」、青い子どもの鯉とピンクの子どもの鯉は、それぞれ「男子」と「女子」──このこいのぼりは、希望ヶ丘小学校が三十年前に開校したとき、町のみんながお金を出し合って学校にプレゼントしたのだ。
 毎年四月の終わりから五月半ばにかけて校庭に揚げられる。今年も、オンラインの職員会議でそう決まった。
「誰にも見てもらえないのに?」
 ツバメは竿のまわりを滑空しながら、意外そうに訊(き)いた。
「こういうのは、今年もまたいつものように、が大事なんだよ」
 校長先生は諭(さと)すように言う。希望ヶ丘の空では最長老になるだけに、一言ひとことに重みがある。
「今年みたいなときは、なおさらな」
 いつもの年なら、この時期の希望ヶ丘はとてもにぎやかだ。小学校では新しい教室に慣れた子どもたちが元気に走りまわっているし、ツバメが巣をつくっている駅前商店街は、恒例の『さつき祭り』で大いに盛り上がる。
 だが今年は、三月の終わり頃から学校はしんと静まり返っている。卒業式や入学式という晴れ舞台を奪われた校庭の桜並木は、「せっかく満開になったのになあ」とぼやきながら花を散らし、もう葉桜になってしまった。
 商店街の人通りもすっかり絶えた。『さつき祭り』は四月早々に中止が決まり、その頃からシャッターを降ろしたままの店も少なくない。
「南の国も同じです。春先から、町が急に静かになってしまいました」
 ツバメは言った。寒さが苦手なツバメは、秋と冬を暖かい南の国で過ごす。そして、春の訪れとともにこの国にやってきて、卵を産み、子育てをするのだ。
「渡り鳥の仲間に聞いたところでは、どうやら、東の国でも西の国でも、北の国でも……要するに、どこの国でも似たような様子らしいですね」

重松 清(しげまつ きよし)
1963年、岡山県生まれ。出版社勤務を経て執筆活動に入る。91年『ビフォア・ラン』でデビュー。99年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木賞、10年『十字架』で吉川英治文学賞、14年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞。話題作を次々に刊行する傍ら、ルポルタージュやインタビューなども手がける。『定年ゴジラ』『流星ワゴン』『疾走』『きよしこ』『その日のまえに』『きみの友だち』『みぞれ』『とんび』『木曜日の子ども』『カモナマイハウス』等著書多数。

KADOKAWA カドブン
2024年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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