かつてのカップルの〈夢の城〉架空のラブホ・パンフを模した写真集

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HOTEL目白エンペラー

『HOTEL目白エンペラー』

著者
那部亜弓 [著、写真]
出版社
東京キララ社
ジャンル
芸術・生活/写真・工芸
ISBN
9784903883762
発売日
2024/05/17
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

かつてのカップルの〈夢の城〉架空のラブホ・パンフを模した写真集

[レビュアー] 都築響一(編集者)

『HOTEL目白エンペラー』というタイトルだけで「目黒エンペラー」を思い出して遠い目になるひともいるだろう。著者の那部亜弓さんは「2018年頃から(略)ラブホテルの撮影も始める。現在はトークイベント、写真展、ホテルの見学会、カップルの出張撮影などを実施している。また閉店したラブホテルから回転ベッドを自宅に移設」(出版社サイトより)という昭和スタイル・ラブホテルの熱烈ファン。しかも本書は単なる古き良きラブホテルを撮影した資料集ではなくて、目白エンペラーという架空のラブホテルを設定。そこにこれまで撮影してきた珠玉の部屋の数々を当てはめた紙上の夢の城であり、そのようなリミックス作業によって「私が昭和のラブホ・デザインのどこを、なんでこんなに好きなのか」を再確認する作業記録にもなっている。

 昭和のラブホテルに惹かれて写真集やZINEを出すひとは年々増えている(実物の昭和ラブホが消えゆくいっぽうで)。ラブホにかぎらず純喫茶だったり音楽やファッションだったり、昭和には生まれてもいなかった世代の、それも女性たちが牽引する昭和ブームを見て、昭和に青春を送ったオールドボーイたちは「俺たちの時代は良かった!」とか勘違いしがちだが、若者たちが昭和のデザインを好きになるのは、令和のデザインがあまりにも画一的で無味無臭で、おもしろさのカケラもないからだという事実を、そしてそういうつまらないデザインや商品を世に出してきたのが昭和世代にほかならないことを忘れてはならない。

 どこでも同じビジネスホテル、見分けのつかない乗用車、ファストファッション……昭和ブームを(僕を含めて)老人たちは呑気に喜んでる場合ではなくて、自分たちに突きつけられた反抗声明と受け止めるべきだと、この本は無言のうちに教えてくれているのかもしれない、と個人的には思う。

新潮社 週刊新潮
2024年6月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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